降る、降る、なにが?

胸中に咲く花の名は / 完結済

ヒスイにやってきた頃の話

  • 夕立ちの向こうに

     ――山が泣いている。そんなことを言い出したのは、曇天に目を向けて険しい顔をするヨネだった。 彼女の勘は当たるのだ。たとえば彼女が「胸騒ぎがする」と言えばつまみ食いがバレたし、「風邪引くよ」と言われた次の日はだいたい寝込む羽目になった。それ…

  • 夜露とともに綻ぶ花よ

     びしょびしょの幼子は依然として不安そうな顔をしていたが、きょろきょろとあたりを見まわしながらも、おとなしくヨネの後ろについてきた。 家のなかに彼女を招き入れ、手近なところにあった手ぬぐいを渡す。日用品の使い方は体が覚えているようで、びしょ…

  • 天泣

    『とりあえず、この子はあたしが面倒見とくよ。リーダーとはいえあんたは男だし、女のあたしといたほうが何かと都合がいいだろうからね』 ヨネに手を引かれるは、どこか物珍しそうに集落をきょろきょろと見まわしつつ、やがて見えなくなっていった。突然の出…

  • 曇り空、晴れぬゆえ

     についての無用な憶測と噂が這いまわるのに、そう時間はかからなかった。 雑音交じりの言葉はいやに陰湿でねちっこくて、直接彼女の耳に入ればどんな傷を負うかわからない。できることならそれらすべてを大人しくさせたいが、人の口に戸は立てられぬという…

  • 空が、見えない

     がコンゴウの集落にやってきてから、もうどれだけの日が過ぎたか。数えるのも億劫なくらい、時の流れはあっという間だ。 彼女は、今日も元気に笑っている。誰にどんな仕打ちを受けても、どんな雑言を投げつけられようとも、ずっと笑顔を崩さない。 日を追…

  • 雪解雨にはなりうるか

     ――本当に、よくわからない娘だな。 気分転換に集落をぶらついていたおり、とある団員の独り言を聞いた。 その口振りは誰をさしているのか明白なものだが、戸惑うような物言いと表情は、よくよく聞けば敵意を感じるほどのものではない。「笑っている」と…

  • 漫ろ雨ほど鈍く刺さって

    ※軽度の嘔吐描写あり --- 「う、ぇ……ッ」 汚濁音とともに撒き散らされたそれには、いつまで経っても慣れやしない。気持ち悪くて吐き出すのに、吐き出したそれを見てまた気分が悪くなる。吐けば吐くほど心も体も弱っていって、ゆっくりと侵食されるよ…

  • 櫛風沐雨

    「――キ、セキッ! こらっ、起きろ!」 けたたましい騒音と呼び声に目を開けると、そこにあったのはひどくのうてんきなゴンベの顔だった。 見慣れた家族の顔はセキに強い安心感を与え、先立っての怒声のことも忘れてこのままもうひと眠りしてやるかという…

  • 春霖の頃に笑ってみせて

    ※軽度の流血表現有 ---  きっと、命が散る音というのはああいうのを言うのだろう。めちゃくちゃになったの体はすぐに血まみれになって、土砂降りの雨に流される真紅はおぞましいまでの量であった。 機転をきかせたヨネが後方からどろだんごを投げてく…

  • 雨垂れが穿つ

     あれから半月ほどが経って、はやっと一人で歩ける程度にまで回復した。 まだそこいらを走りまわることこそ叶わないが、それでもヨネに連れられて辺りを散歩する様子がたびたび見られる。今ではすっかりゴンベとも打ち解けたようで、この間は二人で昼寝をし…

  • 催花雨

    「じゃじゃーん! たくさんご迷惑をおかけしましたが、この、今日から完全復活です!」 それは、まるで演説のような口振りである。は両手をおおきく振りながら、晴れやかにそう言ってみせた。 かつては全身をくるんでいた包帯もいっさいなくなり、健康的な…

今と未来のむすびつき / 完結済

新しいお友だちができる話

  • 言わば、青天の霹靂

    「なあ、。おめえよ、イーブイに興味はねえか?」 ニヤリともニコリとも形容しがたい笑みを浮かべるセキは、ヒノアラシと遊んでいたにそう声をかけてきた。ここは紅蓮の湿地にあるコンゴウ団の集落――の、外れだ。 何年経っても刺さる視線があるおかげで、…

  • 芽生えかけの親心

     セキから色違いのイーブイを引き取って、早三日が経とうとしていた。この三日間はにとってひどく目まぐるしいものだったが、しかしなんとなく心地がよく、疲れているくせに心はすこぶる充実している。 一日目にはセキにイーブイとの付き合い方を教わり、リ…

  • 理想のあなた

    「ああ、おはよう。今から雲海峠まで出るんだけど、よかったらあんたもどうだい?」 それは、イーブイと生活し始めてふた月ほどが経った頃の爽やかな朝のことだった。のろのろと起き上がってきたは、ゴンベとともに野良仕事の準備をしていたらしいヨネに、そ…

  • まばゆいひかり

     このところ、なんとなくイーブイが懐いてくれたような気がする。いかくされることも睨めつけられることもなくなったし、それどころか、のとなりでうたた寝するくらいにまでなってくれた。夜だって以前用意したお手製の布団で寝てくれるようになったし、ヒノ…

  • つぶらなひとみ

    「――よし、っと。ひとまずはこれで大丈夫かな。おとなしくしてれば治るだろうけど、もしも悪くなるようだったらギンガ団の医者に診てもらおうね」「はあい……」 帰宅後、ヨネは慣れた手つきでテキパキと、の足に適切な処置を施してくれた。おかげで先立っ…

  • 改めまして、こんにちは

     ――今度諸用でコトブキムラまで行くんだがよ、おめえも一緒に行かねえか? セキにそう言われたのは、先日の怪我が完治して、日常生活に何の支障もなくなった頃だった。 ちょうどコトブキムラに用事もあったし、彼の誘いに二つ返事をして、ヒノアラシとイ…

雨もしたたる恋心 / 完結済

セキとの恋の話

  • 晴天に恋う

     とニンフィアが「お友だち」になってから、早三ヶ月が経とうとしていた。 あれ以来、彼女たちは見違えるほどに仲睦まじくなっている。暴れん坊のイーブイに手を焼いていたのすがたを思えば、その変化はひときわなものであると言えるだろう。 もちろん、仲…

  • 零雨

     どうして、あの子ばかりがこんな扱いを受けなければいけないんだ。夕食の準備を進める傍ら、ヨネは眉間に深いシワを寄せて老輩たちへの呪詛を吐いていた。 吐く、と言っても口に出すわけではなく、仮に声に出ていたとしても問題ない範囲の言葉に収まるよう…

  • 沼に喰われる

     ――に縁談? その言葉を聞いた途端、セキの体を稲妻が撃つ。 かみなりのような衝撃を与え、だくりゅうのように心をずんとかき乱していくヨネの言葉。あまりにも突拍子がなさすぎて、ただの冗談、もしくは白昼夢のたぐいなのではないかと疑りたい気持ちに…

  • 白波のひと筆

     じっとしているのが怖かった。何もしないで、ぼんやりとあの集落に留まっているのが、なぜだかひどく愚かなことのように思えてならなかったのだ。 みんなの視線が突き刺さる。今となってはそれが敵意から来るものでないとわかっているはずなのに、それでも…

  • 太陽のようなあなた

     オオツは、ひどくおだやかな様子のまま言葉を続ける。そのさまは静かなさざなみのようでも、頬を抜ける海風のようでもあった。「……すなおな気持ちを伝えるとね。俺は、ちゃんとの縁談も悪くないな、と思ってる」 そして、そのいやに落ち着き払った彼が口…

  • 一日千秋の迷い

     に縁談の話がもちかけられて、もうどれだけの月日が経つだろうか。 まるで昨日のことのようでも、はたまた数ヶ月も前のようでもある。時を司るシンオウさま――もとい、ディアルガさまを信仰するコンゴウ団らしからぬ時間感覚の混濁に、セキは苦い気持ちで…

  • ああ、きっとあのときに

     コトブキムラから、住み慣れたコンゴウ団の集落まで。いつも当たり前のように辿ってきた道のりは、まるでの足首を強く掴んでいるかのように、ひどく重たい足取りにさせた。もうすっかり暗くなったいつもの道を、ヒノアラシの背中から吹き出す炎を明かりにし…

  • 大地に根づく四葩の花

     やがてたどり着いた高台ベースには、ギンガ団の警備隊員と彼に連れ添うパラセクト以外、誰の姿もないようだった。警備隊員はを抱いて現れたセキを前に目を見開いて、甲斐甲斐しく声をかけてくる。 ひどく気遣わしげな警備隊員の視線のおかげで、なんとなく…

短編

セキ

  • 価値観なんてレベルじゃない

    「はいっ、セキさん! これ、あたしからのプレゼント!」 小さな手のひらのうえにあった包みはどことなく不格好で、目の前にいる少女が手ずから包んだものであることがわかる。なんとなく嬉しそうに頬を緩ませる様子から、おそらく自分のことを思いながら作…

  • 雨とあの子と

    ※「ヒスイの夜明け」ネタバレ注意---「雨っていうのは、変化の象徴かもしれないよね」 吹きすさぶ雨のなか、鈍色の空を見上げながらヨネが言う。 何かを思い出しているのだろうか、その瞳はうねるような雲ではなく、まるでここではない何処かを見つめて…

  • そんな目で見ないで

    ※ヒスイの夜明けネタバレ注意 --- 「おう、! 今からオレと『でえと』とやらに行こうぜ!」 けたたましい音を立てて開いた戸の向こう、それに負けないくらいの声をあげたのはセキだった。彼はやけに張り切った様子でにっかりと笑いながら、を「でえと…

  • ぬくもりと朝

     ぎゅう、と強く抱きしめられて、思わず身じろいでしまった。かろうじて自由な足で布団を軽く蹴ってみるが、しかし、特に何も起こらない。 目の前にあるセキさんの顔はまどろみの最中にいるようで、普段きりりとしている目元も、やけにゆるいふうなまま、静…

  • 抱かないで、どうか

     あたしとセキさんのあいだには、頭ひとつじゃ足りないくらいの見事な身長差がある。ツバキさんと一緒にいるせいで相対的に小さく見えがちだけれど、セキさんだってとても背が高い。コンゴウ団のみならず、コトブキムラの人と比べても、ひときわ高くてたくま…

  • 雨の音色はきみの足音

    「なあ、セキ。あんた、あの子がこの集落にやってきた日のこと覚えてるかい?」 それは、時分によるそぞろ雨が、相も変わらずしとしとと降り注いでいた夕暮れのこと。 話しかけてきたのはヨネだった。彼女は相棒のゴンベをわしわしと撫でながら、窓の外にあ…

  • 名前を呼んで

     優しくおだやかなあの声で、名前を呼ばれるのが好きだった。 元々のあたしは、どうやら自分の名前が好きではないらしかった。記憶喪失ゆえに何の理由があってそうなったのかはいっさいわからないけれど、でも、おのれの名前に――今となってはほぼ唯一なく…

  • 充満する匂い

    ※ちょっとだけ背後注意 ---   おう、。ちっと疲れちまったからよ、そろそろ部屋で休まねえか? その誘い文句に導かれて、あたしはセキさんと二人、私室でひと息ついている。べつに何かがあったわけではなく、ただ二人で過ごす時間がほしかっただけだ…

  • おおきくなったね

     結局、あれからあたしたちが祝言をあげることはなかった。別に関係が解消になったとかそういうわけではなく、戸惑いつづけるあたしに対してセキさんが「待つ」という選択をしてくれた、ただそれだけのことだ。 せっかちな性格のセキさんから出た「待つ」と…

  • はじめて触れたもの

     セキに手を引かれながら帰路につき、とりわけ軽い足取りで集落へと帰ってきた。 こんなにもおだやかな気持ちで帰ってこれる日なんてなかなかない――そんなことを考えながら、隣を歩くセキの横顔を何度も見上げた。いつもどおり自信に満ち溢れた彼の表情だ…

  • ここにあじさいが咲いている

     ――ずいぶん伸びたな。見違えるようじゃあねえか。 鏡の前で朝支度をしていると、どこかしみじみしたような声が、背後からそっと投げかけられる。寝起き特有のかさついた声はここ数ヶ月でようやっと馴染んできたものだけれど、慣れたようなつもりでいても…