抱かないで、どうか

 あたしとセキさんのあいだには、頭ひとつじゃ足りないくらいの見事な身長差がある。ツバキさんと一緒にいるせいで相対的に小さく見えがちだけれど、セキさんだってとても背が高い。コンゴウ団のみならず、コトブキムラの人と比べても、ひときわ高くてたくましいほうだと思う。
 そのおかげで、あまり背が高いほうではない――というか、おそらく同年代と比較しても小さいほうであるあたしは、隣に立って話すと首が痛くてたまらないし、声を張って喋らないと届かないことがままある。セキさんもセキさんで、屈みがちになるので猫背にならないよう気をつけているとか、中腰のせいで腰が痛むだとか、他にも色々と支障があると言っていた。たまにあたしが視界から消えるので、踏みつぶしたり蹴っ飛ばしたりしないか心配になる、とも。
 ただ、二人で並び立つ機会がひときわ多くなった最近は、それぞれにそれぞれの対処法を意識するようになってきた。立って話す回数は格段に減って、どちらともなく座ってから話すように。並び歩くときには、セキさんがあたしを見失わないよう、彼の服なり手なりを握るようにしている。
 とはいえ、それらはすべてコンゴウ団の集落という狭い世界での話だ。どれだけ気をつけていようとも、コトブキムラのように人の多い場所になると、やっぱりあたしはセキさんの視界から消えてしまうことが多いらしい。この間なんかは、セキさんが咄嗟に振り向いたときかかとがぶつかって、あやうく川に落ちるところだった。
 歩幅の差も相まって、あたしたちは共に歩くと何かしらの問題が生じる。「リーフィアと歩くときはそうでもないんだがな……」と頭をかきながら言うセキさんが何を考えていたのかは、あたしにはわからないけれど。
 とはいえ、問題こそあれどあたしたちは共にいることをやめられない。セキさんはあたしを連れてコトブキムラまで出かけるし、集落にいるときのあたしは、花に誘われるミツハニーのごとく、彼の背中をおってしまうのだから。

 しかし、そうやって少しずつお互いの癖を擦り合わせていた頃に事件は起きた。コトブキムラでとある男の人とすれ違ったとき、体格差と勢いのせいであたしがふっ飛ばされて転んでしまったのだ。相手はずいぶん上背のある、がっしりした体型の人だった。
 さして悪びれもせず畑のほうへ消えていった彼の背中を見ながら、セキさんは厳しい顔をしている。怒り出すことこそないが、その目には確かにほのおのような、激しい感情が灯っているように見えた。
 深く考え込むような素振りを見せるセキさんに、あたしは大丈夫だよと、怪我もないから平気だよと伝えるつもりだったのに。砂を払うのに夢中になっていたあたしよりも、セキさんのほうが行動を起こすのが早くて、結局何もできずじまい。
 結果、セキさんは何を言うこともなく、あたしのことを思いっきり抱え上げたのだった。

「う、うわっ……!? セキさん、どうしたの……!?」

 いきなりの浮くような感覚に、思わず大きな声をあげてしまう。耳元ではないにしろ、不意な声量はさすがのセキさんも驚いたようで、一瞬たじろぐのが見えた。
 けれどセキさんは、さっきのほのおなんて嘘みたいに、いつもどおりからりと笑っている。

「こうすれば見失うこともないだろうと思ってな。おめえだって迷子にならずに済むんだから一石二鳥だぜ」
「あ……あたし、迷子になんか――」
「はは、そう言うなよ。おめえがそばにいないと、オレがどうにも落ちつかねえんだ」

 こんなことしたら悪目立ちしちゃうよ――なんて言葉は、喉の奥で消えてしまった。セキさんはあたしが大人しくなったのを確認するとそのまましれっと歩き出し、コトブキムラの人混みにそって、ギンガ団の本部へ向かう。
 すれ違うたび、人々の目がこちらに釘づけとなってゆく。ここは集落と違って狭くも古くさくもないし、セキさんの人柄もあって向けられる視線は侮蔑に満ちたものではなかったけれど、それでもやはり居心地は悪い。一番いやだったのは、やけに面白がって囃し立ててくるタイプだ。口笛混じりのそれにはさすがに苛立ちをおぼえた。

「せ、セキさん……あたし、大丈夫だよ――」

 足音にすらかき消されそうな声は、ついぞ彼の耳に届くことはなかったのだろう。
 そうこうしている間に、セキさんはさっさとギンガ団の本部に足を踏み入れる。一階の広間で降ろされたあたしは、久しぶりの地面に立つ感覚に、失礼ながらも胸を撫で下ろした。遠慮のないセキさんの歩調にあわせて小走りになっていたヒノアラシは、意外といい運動になったのかどことなくすっきりした顔をしている。

「じゃあ、とりあえずここでな。オレはデンボクの旦那と話し合いをしてくるから」
「あ……はい。気をつけてね」
「はは、さすがに今日は投げ飛ばされることもないだろうが……まあ、用心するに越したことはねえか。おめえも、いつもどおり適当に時間を潰しててくれよ」

 あたしの頭をぽんぽんと撫でて、セキさんは階段を上がっていく。いつも以上に考えの読めないそれは、ぼうっと眺めているだけでもやけに心臓を刺激した。

「……これが、このまま習慣になっちゃったらどうしよう」

 心を落ちつけるためにヒノアラシを抱きながら、広間の隅で独りごちる。結局あたしは、セキさんが帰ってくるまでここを離れられなかった。

 ――ただ、言霊というものは確かに存在するらしく、その日からセキさんは事あるごとにあたしを抱き上げてしまうようになった。お姫様抱っこだったり俵担ぎだったりと、無駄にバリエーションがあるせいで退屈しないのが悔しい。特にお姫様抱っこのときはセキさんの顔がうんと近づくわけで、この体は空気も読まずに体温を上げてしまうし、踏んだり蹴ったりと言うつもりはないが、なんとなく気が抜けなくて落ちつかない。
 あと十センチでいいから、なんとか身長が伸びないものか――そんな切なる願いがさらに強まったのは、間違いなくこの出来事が原因だ。

 
2022/05/08