雨とあの子と

「ヒスイの夜明け」ネタバレ注意

「雨っていうのは、変化の象徴かもしれないよね」
 吹きすさぶ雨のなか、鈍色の空を見上げながらヨネが言う。
 何かを思い出しているのだろうか、その瞳はうねるような雲ではなく、まるでここではない何処かを見つめているようであった。
 どうしたんですか、とテルが問うと、彼女は肩を竦めながら再び口を開く。
「なに、あたしたちがあの子と――ヨヒラと出会ったのも雨の日だったのさ。さすがにここまでの豪雨ではなかったけどねえ」
 こてん、と首をかしげるゴンベを撫でるヨネ。その手つきはひどく優しげで、反面どことなく遠慮なしで。ひどく砕けたようなそれは、両者がともに育った家族であることを強く感じさせるものだった。
「『あたしたち』ってことは、もしかしてセキさんも一緒に?」
 ヨネの落ち着いた声色が、なんとなくゴンベではない誰かを指しているようだったので。思うままに問うてみたが、どうやらその直感は当たっていたらしい。ヨネはゆっくりとうなずいて、いつかの思い出をささやかに語る。
「なんとなく山が騒がしくて、二人でコンゴウの里山あたりを見に行ったときだったよ。……本当にびっくりしたもんさ、見慣れない格好の見慣れない女の子が、ずぶ濡れでぼーっと突っ立ってたんだからさ」
 ヨヒラがこのヒスイ地方にやってきたキッカケは、おそらくテルのそれとは似て非なるものだ。
 彼女は朧気でなけなしの記憶を手繰りながら言っていた、自分は時空の裂け目ではない「何か」を通ってやってきたのではないかと。奇しくもそれは、あのノボリの言っていたこととほとんど変わらない話だった。
「もう何年か経つけど、雨が降ると度々思い出すよ。あの子と出会った日のことや、一緒に過ごした時間をね」
 やがて、雨が強くなる。ゴンベの様子から、おそらく件の現象が起きたことがわかった。
 ベースキャンプから顔を向けたテルの背後で、ヨネは小さく笑って言う。
「……なんて、物思いにふけってる場合じゃないよね。大大大発生の調査、しっかりがんばらないとさ」

 
2022/02/28