価値観なんてレベルじゃない

「はいっ、セキさん! これ、あたしからのプレゼント!」
 小さな手のひらのうえにあった包みはどことなく不格好で、目の前にいる少女が手ずから包んだものであることがわかる。なんとなく嬉しそうに頬を緩ませる様子から、おそらく自分のことを思いながら作ってくれたであろうことも。
 とはいえ、セキにはプレゼントをもらうような心当たりがなかった。今日は別に誕生日というわけではないし、女子供が喜ぶような、いわゆる記念日のようなものも特に思い当たらない。コンゴウ団リーダーのセキ、これでも日時に関することはそれなりに覚えているほうだ。
 いくら思案を巡らせても答えらしいものが出ないので、セキは観念して少女に――ヨヒラに包みの真意を問う。これはいったい何のプレゼントなんだと、彼らしいシンプルな言葉で。
「えっとね、あたしのいたところでは今日はバレンタインデーなんだよ」
「ばれんたいん……?」
「そう! 好きな男の子とか、お世話になってるお友だちとか、色んな人にチョコを贈るの!」
 耳馴染みのない言葉を噛み砕こうとするセキと、すらすらと「ばれんたいんでー」の説明を述べるヨヒラ。この様相の違いから、二人がまったく異なる時代を生きてきたことが見て取れる。
 もっとも、ヨヒラは自分の名前以外ほとんど何も覚えていなかったので、この知識が本当に“そう”なのかも、正直疑わしいのだが。
「このあたりじゃチョコっぽいものが手に入らなかったから、ヨネさんに教えてもらってモモンのみで甘めのおまんじゅうを作ってみたんだー。ヨネさんすっごく褒めてくれたし、とびっきりの自信作だよ」
「へえ……ヒノアラシのぶんもあるのか?」
「もちろん! どうせならみんなで食べようと思ったから、まだ渡してないけど」
 ねー、とヒノアラシと笑いあいながら、ヨヒラはヒノアラシにも同様の包みを贈っている。彼の代わりに開封するヨヒラにつられ、同じようにそれを開いてみた。
 いくつかの包み紙で丁重に彩られたそれは、確かに見てくれはなかなかに整っていて、店に並んでいてもそれほど違和感はない代物だ。モモンのみの優しい色合いを残したまんじゅうも、彼女の言う「ばれんたいんでー」の慣習にそぐうような、日頃の感謝や愛を伝えるには充分なもののように思える。
「喜んでもらえると、いいんだけど」
 はにかみながらそう言うヨヒラを、わざと乱暴に撫でてやる。照れくささ半分、ごまかしが少し、残りは髪がボサボサになる! と怒るすがたを見たかったからだ。
「お前からのプレゼントなんだ、嬉しくないわけがねえだろうよ」
 セキの言葉にいっそう笑みを濃くしたヨヒラは、傍らの岩にちょこんと座る。ヒノアラシを膝に抱えてこちらに手招きするあたり、一緒に食べようと言いたいのだろう。
 女の誘いを断るわけにはいかねえな、そう言いながら隣の岩に座ってまんじゅうを手に取る。ほくほくと笑うヨヒラを横目にいただきます、と断りを入れ、口の中に運んだのだが――
「う……、ッ!?」
 ――忘れていたのだ、ヨヒラが極度の味音痴であることを。ここに来て数年経つがそれが改善される兆しは一切なく、むしろ世話をしているヨネがいささか面白がっている節があるため、あえてそのままにされていることを。
 こんなに大事なことが頭からすっぽり抜けていたなんて、もしかすると自分は彼女からのプレゼントで思った以上に浮かれているのかもしれない――そんなことをどこか遠くで考えてしまうほど、この味は衝撃的だった。
 イモヅル亭のイモモチにチーゴのみを使った自作ソースをかけて食べていたヨヒラのすがたが、まるで走馬灯のように脳裏をめぐる。涙目になりながらヒノアラシに目をやると、彼も彼で悶絶しているような素振りを見せていた。
 もちろん作者であるヨヒラはひどくおいしそうにまんじゅうを頬張っていて、まあるく膨らんだ頬を見ると、愛おしさと安心感がこみ上げてきてたまらない。彼女の努力とこのまんじゅうに込めてくれた想いを考えれば、まずいと言って吐き捨てるようなこともできず……
 ――オレはコンゴウ団のリーダー、セキ! これしきのことで音を上げてたまるか――
 彼はその一念を胸に、この混沌とした味のまんじゅうをしっかり平らげたのだった。

 
捏造もりもりバレンタインでした
20220214