そんな目で見ないで

ヒスイの夜明けネタバレ注意

 

 

「おう、ヨヒラ! 今からオレと『でえと』とやらに行こうぜ!」

 けたたましい音を立てて開いた戸の向こう、それに負けないくらいの声をあげたのはセキだった。彼はやけに張り切った様子でにっかりと笑いながら、ヨヒラを「でえと」に誘っている。
「でえと」とは以前ヨヒラが彼に教えたことで、歳若い男女が二人で出かけることだとか、誘われると嬉しいものだとか、そんなことを勝手に吹き込んだ。
 自分とは違う時代に生きたヨヒラの話はなかなか興味深いらしく、セキは彼女の話すことをやけに熱心に聞くのだ。

「デート、って……はぇ、あたしとセキさんが?」
「もちろんだぜ。オレはおめえ以外誘ったりなんかしねえよ」
「え……あ、うーん? そ、うかなあ……」

 セキの言葉に隠された意味には、あえて気づかないふりをした。……というか、今そこまで考えられるような余裕がない、と言ったほうが正しいかもしれない。
 イマイチ状況を呑み込めないヨヒラが首を傾げていると、セキはそんなのお構いなしに彼女の手を引いて立ち上がらせる。同じように戸惑っていたヒノアラシを片腕に抱き、ただひと言「行くぜ」とだけ言いのけて歩き出した彼の背中はいやに頼もしく、断る気も失せてしまう。――もっとも、彼の誘いを断るなんて選択肢、ヨヒラのなかには最初からなかったのだけれど。
 家を出て、集落も出て。ずんずん進む彼を追いかけながら、ヨヒラはその背中に問う。

「えっと……それで、セキさん。これからどこに行くの?」
「ああ。なんのことはねえ、ねばりだまの材料探しさ」
「ねばりだま……って、ギンガ団の人たちが作ってたやつだよね?」
「おう! テルやヨネ、ゴンベ、ツバキ……他にも色んなやつらが気張ってんだ、リーダーであるこのオレが知らぬ存ぜぬってわけにはいかねえからな」

 弾んでいるが、焦りはない。豪快なくせに落ちついているセキの語り口が、ヨヒラはひどく好きだった。
 近頃、このヒスイ地方では大大大発生と名づけられた奇怪な現象が発生している。原因は不明だが、特定のポケモンが群発的に大量発生するらしいのだ。
 大大大発生の被害にあった人間は決して少なくないようで、かつてポケモンの群れに襲われて大怪我を負ったヨヒラからすれば他人事ではおいておけない話だった。
 そして、今その調査に当たっているのが調査隊の新進気鋭であるテルと、我らがコンゴウ団のキャプテンであるヨネ、彼女の相棒であるゴンベだ。他にも何人か彼らに助力している者がいるらしく、団の垣根をこえて数多の人間が手を取りあって解決に尽力していた。
 セキも早期に加わりたかったらしいのだが、このところムベにシノビの技や料理を教わるべく忙しくしていたもので、いささかではあるが出遅れてしまったようだ。
 遅れを取り返そうといやに張り切っているセキの背中は、やはりリーダーらしく広くて眩しいものに見えた。

「必要なのはむしくいぼんぐり、どろだんご、タマゼンマイ……そうだな、それぞれ100個はほしいところだが」
「100個……!? い、いきなりそんなの無理だよ」
「無理じゃねえって。仮に難しくてもまずは行動しなきゃ何にも始まんねえし……それに、オレたち二人だけじゃねえ、リーフィアやヒノアラシもいてくれんだ。みんなで力を合わせれば何だってできるもんだぜ」

 思い返しているのは、先日の異変のことだろうか。
 空が真っ赤に染まったあの日や、時空の裂け目が閉じたあのとき。ここしばらくに起きたヒスイ地方の異変は、彼だけじゃない、きっとヒスイに住む色んな人の価値観や生き方を大きく変えてゆくものなのだろう。
 ヨヒラにはあまりピンとこない話であるが、確かにここ最近は集落にいる人間たちも少しずつ様子を変えているような気がする。苛烈で陰湿だった彼らの態度が、どことなく軟化したような気すら。
 ここ数日少しばかり息がしやすいのは、なるほど、そういうことかもしれない。
 あれやこれやと考えているうちに、二人と二匹は集落から遠く離れた金色の平野へとたどり着いた。ここにはポケモンたちはもちろん、先ほどセキが言ったような材料が潤沢に手に入るところだ。
 もちろん数に限りはあるし、きっとここ以外にもあちこち駆けまわって探さなければならないのだろうが……それでもセキのすがたを見ていると、自分も動かなければという気分になる。彼のためになりたいと、胸の奥が熱くなる。

「さて……ヨヒラ、できるか?」

 セキが、優しくヨヒラを見つめながら言う。その瞳には不安や疑念などこれっぽっちもないが、彼女を気遣い敬うような慈愛の色ならうんと湛えられていた。
 ……この目には弱いのだ。弱々しくて何もできなかった自分を確かに信頼してくれている、唯一無二の彼からの、このあふれるような想いは。
 ぺち、と頬を軽く叩いて、ヨヒラはとびきりに笑ってみせる。

「もちろん! あたしとセキさん、どっちがたくさん集められるか競争だからね!」

 ヒノアラシと共に駆け出す最中、背後から聞こえてきたのは呵々とした笑い声だった。

 
2022/03/01