細氷に光る懐刀

君との軌跡 / 完結済

アッシュとのお話。捏造多々

過去編

  • ふれあいの袖

     気配を消すのは得意だった。 存在を悟られぬよう、息を殺して日々を過ごした。自分なんかいないものだと、誰にも自分を知られぬように、母の手を煩わせぬように。自分が大人しくしていると、母はなんとなく機嫌が良かった。 別に彼女に何か感情を抱いてい…

  • 君と広がる世界の果てへ

    「それじゃ、。お母さんは出かけてくるけれど、くれぐれも外には出ないようにしてちょうだいね」 母は私が何か言うよりも先に出て行った。 いつもそうだ。あの人は結局私の意見など露も求めておらず、ただ自分の都合を押しつけるばかりの女である。玄関先で…

  • まばゆい記憶

     アッシュはきっと、本来ならば薄くかがやく瞳を持っている人なのだろうと思う。置かれている境遇のせいで暗く濁っているだけで、元来はもっと眩しく、清らかな人間であるのだろうと。 私は、一度でいいからまばゆいアッシュのすがたを見てみたいと思ってい…

  • ちくちく、ぴりぴり

     アッシュの家は、同じ町のはずなのにずいぶん離れた場所にあった。私が想像していたよりも遠いところに彼のお城は建っていて、毎度ここから来てくれているのかと思うと、少しばかり罪悪感が湧いてくる。 しかし、一家で住んでいたにはずいぶんちゃちな造り…

  • 何かが崩れる音がした

     あの日以来、アッシュには一度も会っていない。理由はちっともわからないが――否、もしかするとわからないふりをしているだけかもしれない――あれからいっさいの音沙汰がなくなってしまったのだ。 とはいえ、それもただ「アッシュが我が家に来なくなった…

士官学校編

  • 頭の奥に在る景色

     あれから七年の月日が経ち、私の人生には様々な変化が訪れた。恨めしい存在であった母が亡くなり、彼女の既知である紋章学者の養子に入ったのは三年ほど前のことだ。 今に至るまでには様々な悶着があったが、目的を果たすためならそんな苦労は瑣末なことだ…

  • 稲妻、落ちる

    「おはよう、。あれから調子はどうかな?」 朝。突然呼び止められたのは、学生寮の階段を降り、花壇に目を向けながらぼうっと歩いていたときだった。 風にそよぐ花々は、私の心をひたすらに癒やしてくれる。それと同じように彼の――アッシュの声すらもまた…

戦争編

  • 必ず誰かが手をとって

     ――まえ、もか。お前も、否、お前こそ! 嗚呼、そうして、再び俺の前に現れるのか……ッ! 耳の奥に木霊する怒声と呼応するかのごとく、右手がびりびりと痺れ、震える。数時間前、軽くではあるが彼に――かの剛力を持つディミトリに、すげなく払われたせ…

  • 二人で夜に沈みたい

     鼓膜に滑り込んでくるのは、そよ風で木の葉が擦れる音と和やかな梟の歌声くらい。ひどく静かで穏やかな夜が、あたりをすっかり染めている。「……なんだか、今日はいつもと逆だね。普段は僕が君を呼び止めることが多かったから」「そうね……確かに私、ずっ…

  • あどけなく、無邪気な

     ――今度こそたくさん一緒にいたい。あの頃より自由になった僕で、君のとなりにいさせてほしいんだ。 まるで、魔道の爆発を目の当たりにしたときのように。アッシュのその言葉が耳の奥にこびりついて、いっさい離れないでいる。 嬉しかった、のだと思う。…

  • 軌跡を辿る

     言っておきたいことがあった。最後の最後になるけれど、胸に燻っているこの気持ちだけはちゃんと伝えておきたかった。 やらずできずの後悔は、もういっさいやめにしたかったのだ。 たとえ押しつけがましい結果になったとしても、ある種のケジメとして、私…

???

  • 僕らが育むこれからの

    「――よし。これで大丈夫だと思うよ。多分、あっちの土は水分も多いし、ちょっとお水をやりすぎちゃったのかもしれないね。この花はもっと乾燥しているほうがいいから」「なるほど……やっぱり、それぞれに適した環境があるのね」「そうだね。でも、一気に全…

短編

ディミトリ

  • 深層にかくして

     ――空が泣いているようだ。 そんな、自分らしくもない詩的な表現が口をついて出たのは、浮かれているせいなのだと思う。頭上にある青の外套が目の端に映るたび、私の心臓は親に褒められた子供のようにはしゃいでは跳ねた。 くすり。穏やかな吐息混じりの…

  • 雪は解け、草木はもゆる

    「ねえ、ディミトリ。覚えてる? いつか私が、エーデルガルトに嫉妬していたって話をしたこと」 それは、爽やかな風が吹く夏のことだった。 フォドラの北方にあるフェルディアでは、夏といえど茹だるような暑さを感じることはない。ここは一年の半分以上寒…

  • 咲ってほしいと思うから

     花言葉というものを知っているか。それは、本の世界に度々出てくる少し詩的なお遊びだ。 今までの人生、はそういったものにあまり縁がなかった。花に気持ちを込めて普段言えない想いを伝える――そんな麗しいやり取りをかわすような友人も、親しい家族も居…

  • とある静かな朝のこと

    ※朝チュン 「その……すまない。また傷を作ってしまった」 肩に触れる指は震えている。おそらく極限まで力を抑えているのだろう、そんなに気を遣わずとも壊れやしないのにと、は小さく笑ってディミトリの手に手を重ねた。 なだらかな肩には獣と見紛う歯型…

  • 寒さと熱さ

    「お前を迎えに来たんだ」 そう言って微笑うディミトリは寒さで鼻を赤くしていて、肩にはちらほらと降ってきた雪がいささかではあるが積もっている。フェルディアでの積雪は特に珍しいことでもないが、それにしたって一国の王がこんなところに立ち尽くして待…

  • たった二人の廓のような

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  • 小さなわがまま

     ふたりっきりで休んでいるとき、ひどく甘えたで蕩けてしまうディミトリのことが好きだ。は今、誰もいない王の私室の中央に鎮座する寝台に寝転がり、愛すべき夫の体を優しく抱きしめている。 ツヤの戻ってきた髪を撫でていると心が安らぐ心地がする。指通り…

  • 見えない、会えない、どこにもいない

    ※夢主が死んでる さしものフェルディアとはいえ、亡骸をそのまま置いといたらそう遠くないうちに腐っちまう。……陛下、せめて美しいままの姿でお別れを言って差し上げましょう――シルヴァンの、落ち着き払ったようでいてどこか揺れるような声色が、未だこ…

  • 星辰の節20の日

     真っ青な外套を翻しながら歩く背中は、初めて彼をまぶたに焼きつけたあの日に比べ、数倍広くなっている。 たくましく育った体にまとう鎧、澄んだ空のような瞳、月の光を反射して煌めく金糸。そのどれもが彼がファーガスの王たる現実を象徴しているかのよう…

  • 遠く離れたあなたへ

    ※子供がいる---拝啓 ディミトリ ごきげんよう、ディミトリ。ずいぶんと寒くなってきたけれど、そちらはお加減いかがかしら? と言っても、今あなたのいる場所は、季節による寒暖差なんてあまり関係ないかもしれないわね。 今日は星辰の節20日だとい…

  • 無二の宝物

    「そういえば……最近、とはうまくやっているのか」 いつものごとく、ベレトはおもむろに口を開いた。数節に一度行われる、フォドラを統べる救国王とセイロス教の大司教の会合が一段落し、一旦の休憩に入ったときのことだ。 戦争の終幕とほぼ同時期にディミ…

  • 母を思う手

     ディミトリの朝は、ぼんやりとした頭痛から始まる。 これでも一時期よりはずいぶんマシになったほうだ。かつては悪夢にうなされて一睡もできないことすらあったけれど、近頃は少しずつ睡眠時間も増え、いくらかは安らかな朝を迎えることができている。 頭…

アッシュ

  • 僕だけの姫、私の騎士

    「そうだ、僕、騎士になったらやってみたいことがあったんだ」 出し抜けに声をあげたアッシュはその言葉でもって、遠く空を見上げていたの意識を引き戻した。はたと思いついたような顔はなんとなくの自信と相変わらずの誠実さに満ちていて、彼の言うことなら…

  • 綻ぶ笑顔と恋の花

     アッシュが駆けつけたとき、そこにはもはや惨状と言っても差し支えないような空気が満ち満ちていた。 母親の静止も虚しく泣き叫ぶ幼い少女。顔には出ないがおろおろと慌てふためく。2人を交互に見比べては頭を下げたり子を叱ったりする母親。 きっとアッ…

  • 飛竜の節17の日

    ※数年後 アッシュが城主となってからのガスパール城は、以前よりも花の香りが強くなっているらしい。 もともとロナート卿が花を好んでいたこともあり、城内のあちこちに草花を飾ったり可愛らしい花壇を構えていたりと、この城は非常に豊かな景観で名の知れ…

  • 大好きな、僕の

    「、これ。僕からの気持ちだよ」 ガスパール城の渡り廊下にて、はい、との目の前に差し出されたのは鬱金香の花束だ。ひどく上等な造りをした包装紙は淡い水色に染まっていて、色とりどりの花を彩るに相応しい色と質感である。 ふた桁にはのぼるであろう本数…

  • きっと、いつまでも

    「そうか、お前の背中はこんなにも広かったんだな」 感慨深そうな声に振り向いてみると、そこには左の眼を細めて微笑うディミトリの姿があった。 いつの間にそんなところにいたのか。アッシュは半ば飛び跳ねるように彼のもとへと駆け寄り、見上げるほどの身…

  • 骨の髄まで君が好き

     アッシュがガスパール領の家督相続を認められて、早一年が経とうとしていた。 相変わらず日々は目まぐるしいものであるが、それでも二人で支えあって、懸命に毎日を生きている。戦禍によって傷だらけになった領内も少しずつ回復の兆しを見せ始めていて、だ…

  • 花冠の節20の日・5周年

     花冠の節20の日は、ガスパール領の人間にとってちょっとした記念日となった。 理由としてはひどく単純で、今日という日が領主の奥方の誕生日であるからだ。フォドラの統一に向けて奔走し、更にはこのガスパール領を立て直すために尽力しつづける領主夫妻…

ドゥドゥー

  • 翠雨の節31の日

    「ドゥドゥー、誕生日おめでとう」 王城の渡り廊下で起きた巡り会い。 出し抜けな祝辞と贈り物に、ドゥドゥーは目をまんまるにして固まった。あまりにも唐突すぎて驚きを通り越しているのだろう、に差し出された包みを何も言わずに流されるまま受け取ってい…

アネット

  • どうしようもなく母であれ

    ※子がいるしネタバレもある「親の因果が子に報う」とは、がこの上なく、それはもう蛇蝎のごとく嫌っている言葉だ。父親にも母親にも色々と抱えるものがあるにとって、親の罪や振る舞いがおのれの人生にまで影響してくるだなんてとてもじゃないが許容できない…

セテス

  • 待っていてね

    ※ネタバレ注意 --- 「セテス様、お願いがあるんです」 ファーガス神聖王国がフォドラを統一してから、おおよそ十年の月日が経った頃だった。 出会ったときからいっさい風貌の変わらない、今となっては義父のような存在である彼に、は粛々として申し出…

ドロテア

  • 君の姿は

     自分たちはどこかよく似ていて、けれども全く持って違う種類の人間である。がドロテアと関わるとき、思うことはいつもそれだ。 直感めいたその認識は出会ったときから決して消えてはくれなくて、しかしそれを確かめる術も、はたまた撤回する方法もにはよく…