きっと、いつまでも

「そうか、お前の背中はこんなにも広かったんだな」
 感慨深そうな声に振り向いてみると、そこには左の眼を細めて微笑うディミトリの姿があった。
 いつの間にそんなところにいたのか。アッシュは半ば飛び跳ねるように彼のもとへと駆け寄り、見上げるほどの身長差がある彼の碧眼を見つめて話す。目の端に映る雪たちが、はらはらと降りそそいではディミトリの外套を彩っていた。
「そんな、僕なんか陛下の足元にも及びませんよ。身長だって……その、僕のほうが低いですし、体格も」
「うん? ……ああ、俺は別に見たままの話をしたわけではないんだ。俺の目に、お前はとても立派で強い男として映るから」
 物思いに耽るかのごとく、ディミトリは長いまつ毛を震わせながら目を伏せた。彼が何を思い、何を考えて発言したのかなんて、アッシュにはとてもじゃないがわからない。
 けれど、誰のことを頭の中に浮かべてその口を動かしているのか、それだけはなんとなくわかるような気がした。
「さっき……お前が彼女と、ウィノナと結婚すると聞いたときに俺はひどく安心したよ。お前なら、いや、お前こそ彼女をきちんと幸せにしてくれると確信が持てた。むしろお前じゃなければダメなのだとすら」
「へ、陛下……! いや、確かにウィノナを幸せにすると誓いはしましたけど、でもそんな、勿体ないお言葉で」
「いいや。むしろどれだけ言葉を尽くしても足りないくらいだが」
 ゆらり。ディミトリが身動ぐように体を揺らすと、肩や鎧、外套から氷の粉が舞い落ちる。その光景は、彼の見てくれも相まってかまるで騎士道物語の一場面のような、ひどく幻想的なものとしてアッシュの目に映っていた。
 フェルディアの冷たい雪は、容赦も遠慮もなく辺りを一面の銀世界に様変わりさせる。きっとそれは何年経っても変わらないまま、天変地異でも起こらぬ限り不変のものではないだろうか。変わらないものなど何もない、諸行無常だと人は言う。ああ、その諸行無常のおかげで自分たちは出会い、別れ、そして再びの出会いを果たすことができたのだけれど――場違いにもそんなことを考えながら、アッシュはじっと押し黙ってディミトリの言葉を待っている。
 眼帯にまで降りた雪を指先で払ってみせたディミトリの表情は、なんとなくある種の決意に満ちているようでもあった。ごくり、固唾をのんだその音は、もしかすると彼にも聞こえてしまったかもしれない。
「これからも彼女を――姉上のことをよろしく頼む。信じているよ、義兄上」
 それは、アッシュがウィノナとの結婚を報告しに来た、とある冬のことだった。

 
いい兄さんの日がしたかった。
20201123