大好きな、僕の

「ウィノナ、これ。僕からの気持ちだよ」
 ガスパール城の渡り廊下にて、はい、とウィノナの目の前に差し出されたのは鬱金香の花束だ。ひどく上等な造りをした包装紙は淡い水色に染まっていて、色とりどりの花を彩るに相応しい色と質感である。
 ふた桁にはのぼるであろう本数の花束をいきなり渡されて、さすがのウィノナも面食らったように目をぱちくりとさせているが――大事そうに抱えてやってきたアッシュの手につられるように、花の一本すら手折らないよう、そうっとそれを受け取った。
 大好きな人からの贈り物に、ふわり、心が浮くような心地がする。
「アッシュ……これは? うちの庭にあるものはまだ咲いていなかったと思うけれど……」
「少し前にガルグ=マクで貰ってきてたんだ。あそこの温室は季節を問わず、色んな花が咲いているでしょう」
「ああ……もしかして、先生に会いに行くと出かけた日かしら。気がつかなかったわ、こんなの、いつの間に」
 にこ、にこと。アッシュは少しずつ大人びてきた顔をうんと緩ませながら、花束を抱えたウィノナを見ている。
 まるで自分が贈り物を貰ったかのような彼の微笑みは、ウィノナにとって陽だまりのように優しいものであるけれど、しかし何ゆえこれほどにこやかなのかと怪訝な気持ちも湧いてきた。
 どうして私にこんなものを――そのまま口をついて出そうになった言葉を飲み込んで、出来るだけ角が立たないよう、必死に単語をこねくり回す。せっかくの好意を、そして彼の気分を害することなどしたくない。アッシュがそんな細かいことを気にするような質でないこともわかっているけれど、しかし愛おしい人に無礼な真似などしたくないのがウィノナの常からある考えだ。
 ウィノナはゆっくりと、深呼吸をするような思いでひたすらの疑問を口にする。もちろんアッシュは全く顔色を変えることなく、さっきまで土いじりに励んでいたウィノナの手を優しく握って言葉を返した。
「今日が愛妻の日らしいことを、少し前に城下で教えてもらったんだ。大切な奥さんに鬱金香を贈る日だっていうのも一緒に」
「あ……じゃあ、何日も前から、私のために?」
「もちろん! いつも一緒にいてくれて……えっと、僕を選んでくれてありがとうって気持ちを、たまには何かに込めてみようと思ってさ」
 照れたように目を伏せたアッシュは、花束のなかでひときわ輝く一輪にそっと指を添える。桃色に染まるそれを優しく花束から引き抜き、そしてウィノナの頬にかざすようにして差し出した。
 薄い色をした瞳が熱っぽく色を持つ瞬間を、今ウィノナは目にしている。こちらまで熱に当てられてしまいそうな、静かだけれどあつい気持ちが視線だけでも伝わってきた。
「桃色の鬱金香の花言葉は、『愛の芽生え』『誠実な愛』。僕から君への気持ちを表すのにぴったりだと――」
 アッシュが言い終わる前に、ウィノナは辛抱たまらずといった具合で彼に思い切り身を寄せる。花束を潰さないよう細心の注意をはらいつつ、しかし毛ほどの隙間もあけたくないと想いを込めて。
 一瞬惑うような様子を見せたアッシュの両手もまた、感極まって肩を震わせるウィノナを強く抱きしめた。弓を扱うおかげかいささか分厚い手のひらが何度も優しく背中を撫でてくれる感触を、ウィノナはじっと目を閉じたまま、滲み入るように感じている。
「アッシュ……ありがとう。私は世界一の幸せ者ね」
「幸せ者なのは僕のほうだけど……えへへ。喜んでもらえてよかった」
 この感情を幸せと呼ばずして、いったい何を幸せと呼べばいいのであろうか。
 ひどくあたたかで安らかなアッシュの腕のなか、ウィノナは胸の奥の奥から、大好きな夫への想いを溢れさせるのだった。

 
愛妻の日でした。
20210131