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またたくフォーリンスター
・第一章 / 完結済
- 陰と陽
私の父は、小さなホームセンターを経営している。 店自体はそれほど大きくないものの、父の愛想の甲斐あってか意外と常連客は多く、近所のおじさんやおばさんたちには重宝してもらっているほうだ。 私も幼い頃から店内に入り浸り、従業員やお客さんにたく…
- ご機嫌なスター
「そういえば玉村、お前、下の名前は何というんだ?」 それはひどく突然で、しかし、ごもっともな問いかけだった。 彼とともに学級委員の仕事をこなすようになって、二週間目の放課後のことである。私たちは先生に言われ、とある資料を教室から職員室まで運…
- 袖振り合う廊下
すらりとした長身に紫色の髪、水色のメッシュとピアス。やけに整った顔立ちも相まって、彼は印象に残らないほうが難しいくらいの人間だった。 やたら真剣に工具やパーツの部類を物色していることだけ気になったが、接客しているときは物腰柔らかで話しやす…
- ワンダーワールド
「フェニックスワンダーランド」という名前には聞き覚えがある……というか、実は、幼い頃に一度だけ遊びに行ったことがある。あれは確か私が小学校に上がるか否かの、まだ母と兄が一緒に住んでいた頃だ。 シブヤで評判のアミューズメントパーク。周りはみん…
- きらめく転機
私は、ワンダーステージのほうに目を向ける。 他のステージに比べたらひどく古ぼけているというか、錆びついているというか……ところどころにガタが来ているふうではあるものの、同時にひどく大切に取り扱われていたんだろうな、というのが伝わってくる趣…
- 面影を見た
「そうだ、。お前は何か演りたい演目はあるか?」 金曜日の放課後。委員会の集まりを終わらせて昇降口へと降りる途中、天馬が私に訊ねてくる。 今日は家を手伝わなければいけないのでフェニランには行けそうにないと伝えたところ、じゃあ今のうちに、と投げ…
- 心に足を踏み入れる
「――と、いうわけで、だ。今から台本を配るぞ」 私にとって初めての練習が、今日、ついに始まる。なんとか平静を装ってはいるが心臓は早鐘よろしく、どくり、どくりとうるさいくらいの鼓動によって、高揚と緊張を実感させられていた。 内心で慌てふためく…
- 種をまこうか
「『まさか、こんなところに人が来るなんて――いらっしゃいませ、王子様』……うーん、」 本日は、栄えあるフェニランのステージ脇にて。大切な台本を片手に、私は首を傾げながらうんうんと唸っていた。頭の中にある役柄のイメージと自分のすがたがうまく重…
- 一世一代の花冠
本番は、驚くほどに呆気なく、そして無情にもあっという間にやってくるものなのだ―― ワンダーステージの舞台袖に立ちながら、私は期待に満ちたお客さんの声を聞いている。「知ってる? 今日のショーって、新しい人が出てるらしいよ」「聞いた聞いた! …
- 曇天のセカイ
「つ、つかれた……っ!」 最終公演が終わり、お客さんのいっさいが見えなくなった、直後。私は衣装を着替える余裕もなくその場に倒れ込んだ。仰向けの状態で見上げるワンダーステージの天井はいつもより高く、広く、ぼろっちく感じる。「たまちゃんっ、お疲…
- あまくて苦い、恋心
気づけば、私はまったくもって見慣れない場所に立っていた。辺りは子供のおもちゃ箱のように夢いっぱいの景色が広がっていて、私がさっきまで立っていたシブヤではないことだけがはっきりとわかる。 私はいったい、何をどうやってここにやってきたのか――…
- てんやわんやの数時間
――頭のなかが、ふわふわする。 なんとなく熱っぽいような、けれど、ひどく満ち足りたような。文字どおり夢見心地なまま、私は重たいまぶたをゆっくりと開く。途端、まばゆく射し込むのは太陽の光――ではなく、おそらく天井に設置されているであろう、か…
- 私だけの秘密
私はあの日、生まれて初めて初恋の人に会った。 誰よりも特別で、大好きで、焦がれてやまなかったその人――バーチャル・シンガーのKAITOが、あのとき確かに私の目の前にいたのだ。 初めてカイトさんと面と向かって話して、名前まで呼んでもらえて―…
- 最初で最後のさよならを
カイトさんが息を呑む。いつも優しく細められている目を見開いて、私のことをじっと見ている。 まさか、あのカイトさんからこんなふうに見つめられる日がくるなんて。理由こそとても心苦しいものだけれど、彼の意識が私に注がれているという事実にほんの少…
- 去っていく僕、隣にいる君
「終わったのか?」 テントの影から、天馬がおずおずとすがたを現す。 一部始終を見守ってくれていたのだろう、無粋な質問を投げつけることはせず、けれどもどこか様子を窺うような目を向けてくる。私はカイトさんが去っていったほうに視線を戻し、小さく息…
短編
司
- 夜空が透ける
――まるで、夜空みたいな色だ。真っ暗闇に沈むの髪を見ると、どうにもそう思ってしまう。 少しだけ癖のある髪を「咲希のものによく似ている」と思っていたのはもうずいぶん前のことで、今となっては唯一無二の、司にとって大切な宝物のひとつとなっていた…
- ほんとうのぼくたちは、
――あ。あの人たち、またやってる。 教室の窓から見える景色の真ん中に、やけに目立つ四人組のすがたがある。校庭の隅にいるはずなのになぜだか目を引くその集団は、つい先日結成したらしい四人組のユニットで……名前は確か、「Fantasista S…
- 精神の美
「咲希、お誕生日おめでとう。これ、私からのプレゼントなんだけど……受け取ってもらえると嬉しいな」 本日五月九日が咲希の誕生日であることは、他でもない司から耳にタコができるほど聞いた。学校でも、放課後でも、何ならフェニックスワンダーランドにい…
- 正直/名声/×××
五月十七日の誕生花にはいくつかあるが、なかでものお気に入りは黄色のチューリップだった。 チューリップという花自体この国では馴染みのあるものであるし、つるりとしたフォルムや鮮やかな色彩、種類によって様々な形をする花弁は見る人を決して飽きさせ…
- いつもそうだ!
巷では六月の第一日曜日を「プロポーズの日」と呼び、あちらこちらで様々なイベントを開催している。 ただ、プロポーズの日なんてたいそうな名前を冠してはいれど、別にプロポーズを推奨するような日でもないらしい。どちらかというともっと静的で、一歩を…
- 永遠にあなたのもの
その花は、奇しくも彼女の性質に――ひいては彼女を見つけたあの日の情景に、よく似ていると思ったのだ。 決して派手な様相ではない。いっとう目立つような雰囲気ではなく、いうなれば日常に溶け込むような、身近で、自然な存在だった。ふと街路や花壇に目…
KAITO
- 変わらないこと、変わるもの
僕にとって、誰かの告白を断るというのはほとんど初めての体験だった。 ショーステージに立つ者として、観客たちから「好き」と言ってもらう機会はありがたいことに何度もある。ただ、そこに恋慕の念を、何年も温め続けた恋心を乗せて伝えられたのが、先日…