きらめく転機

 私は、ワンダーステージのほうに目を向ける。
 他のステージに比べたらひどく古ぼけているというか、錆びついているというか……ところどころにガタが来ているふうではあるものの、同時にひどく大切に取り扱われていたんだろうな、というのが伝わってくる趣だった。
 こういうのは嫌いではない。むしろ好印象を抱くくらいだ。
 私は湧き上がる興味を無視できず、隣の天馬に話を振る。

「天馬、ここでステージやってんの?」
「もちろんだ! なんたってこのオレは未来のスターだからな、このあいだの連休なんてここで――」
「小道具とか見てもいい?」
「おい! オレの話はまだ――」
「見るだけなら構わないよ。司くんと一緒に行っておいで」

 天馬の話を遮りつつ神代にお伺いを立てると、意外にも彼は快く私の申し出を受けてくれた。その物言いは暗に「部外者は触るな」と言っているようでもあるが、私が同じ立場でも似たようなことを言うだろうから、それに関してはとくに思うこともない。
 釈然としなさそうな天馬の案内のもと、私はワンダーステージの舞台裏に足を踏み入れる。ところどころホコリ被ってはいるものの、こちらもこちらで持ち主の愛情が垣間見える様子だった。
 そのなかでふと目に入ったのは、とある小道具の鎧。鎧と言っても本当に金属でできているわけではなく、塗装を施したボード素材だ。前だけがそれっぽく見えればいいという考えなのか、キャストの動きを邪魔しないように後ろは軽く固定するだけのハリボテ仕様となっている。コスプレとは違ってそれなりに激しい動きをするだろうことを考慮して、このような造りになっているのだろう。
 案の定、少し裏返すとそのちゃちな造りが丸見えになるのだが――

「あ、ねえ、天馬。ここ、ジョイントのところおかしくなってる」
「なに!? ……おお、確かにだいぶ傷んでいるようだ。このままでは、また何かしらのアクシデントが起きかねなかっただろうな……指摘感謝するぞ、輝夜」

 胸当てと胴部分を固定する部品が劣化しているのが目に入り、思わず口に出してしまった。天馬は私の言葉を受け、何か考え込むような素振りを見せながら鎧を確認している。
 咄嗟に舞台裏を見渡すと、修理に必要と思われる道具や補強材が揃っているのがわかった。……わかって、しまった。
 途端、目を泳がせた私を目ざとく察知したらしい天馬が、私に向けて鋭くも期待に満ちた言葉を投げかける。

「……もしかして、直せるのか?」
「えっ――な、なんで?」
「お前の目がそう言っている」

 天馬は、私にひどくまっすぐな目を向けていた。
 触るなって、言われたのに。天馬からの期待を受けて、私の手はゆっくりと、工具のほうへ伸びてゆく。あとで神代に怒られるかもしれないなと思いつつも、私の手は止まらない。
 幸いにも修理は数分で終わり、我ながら良い具合に直せて胸をなでおろしていると、私の手際に感動したらしい天馬が大声で私のことを賞賛してきた。今までの人生でついぞ浴びたことのないそれは私にとって恵みの雨のようだったけれど、しかし、今回は半分無許可で手を出してしまったのだ。天馬の厚意はとても嬉しいことだけれど、そんなに大きな声を出したら神代にバレてしまう……!

「司くん……? どうかしたのかい?」

 案の定、いささか訝しげな様子の神代が舞台裏にやってくる。
 私は罰の悪さゆえ神代の顔を見ることができず、言い訳すら吐き出せないまま。やけに嬉しそうな天馬の頬のあたりに、じっと目をやっていた。

「おお、類! 見てくれ、この鎧を輝夜が直してくれたのだ!」
「玉村くんが? ――なるほど、以前よりもしっかり固定されているようだね。しかも、最低限の補強で留められているから、キャストの動きを制限することもない……」
「どうだ、すごいだろう! なあ輝夜、オレはとても誇らしいぞ!」

 なんであんたがそんなに嬉しそうなんだ、という言葉は、キラキラと輝いている天馬の瞳によってかき消された。
 勝手に触ってごめんなさい、と私が頭を下げると、神代はとんでもないといって私の頭を上げさせる。なんとなく面白そうに細められた彼の目は、天馬とはまた別の意味で私の言葉を奪った。……嫌な予感が、する。
 ぞわ、と粟立つ背中に不快感を覚えていると、天馬は神代と何かしらのアイコンタクトをしたあと、再び私に向き直って言葉を吐いた。

「なあ輝夜、忙しいのは承知のうえだが、もしよければ時々ここに来て小道具の点検をしてくれないか? 現時点では類に任せている部分が多くてな、負担を減らしてやりたいんだ」

 唐突に投げかけられた提案。役に立てるならそれに越したことはないし、時間を持て余すよりは何倍も良かった。何より、私は今日一日で天馬がここでどんなふうに過ごしているかという興味が尽きなくなっていたので、むしろ好都合といったところ。
 ただ、斜め上から刺さっている神代の視線がひどく痛いし、なんとなく重い。嫌な予感は最高潮に達した。

「――裏方に留まるなんてとんでもない。どうだい司くん、彼女にもショーに出てもらうというのは」

 神代の言葉に、天馬はひときわ瞳を輝かせて私のほうを見る。……うそでしょ、と口を動かしてはみるものの、二人の様子を見るに冗談の部類ではなさそうだ。
 さっきのアイコンタクトはこういうことだったのだろうか――否、天馬がそのようにまどろっこしい真似をするふうには思えなかった。つまり、私の勧誘は神代個人の判断であるのだろう。
 その証拠に、天馬はこれぞ名案! といった様子で、神代のことを賞賛しているようだったから。

「彼女は背が高いし姿勢も良い。何よりえむくんや寧々とはまた違ったタイプだからね、玉村くんがいてくれたらショーの幅も広がるし、もっとたくさんの面白い演出が浮かぶ気がするんだ」

 突然ひどく饒舌になる神代。その隣でうんうんと深くうなずいている天馬は、痛いくらいにまっすぐな目を私を向ける。
 目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、天馬が何を言わんとしているのかも、どんなことを考えているのかも、私にはもはや手に取るようにわかってしまった。
 天馬が私の心中を察しているのかはわからないけれど――彼は存外真面目な男であるので、きちんと自分の言葉で伝えようとするだろう。まっすぐすぎる双眸は、やはり身を焼くように熱い。

「お前にも色々事情があるだろうからな、今すぐ受けろと言うつもりはない。ただ、前向きに検討してみてはくれないだろうか」
「で、でも……私、演劇の経験とか全然ないし」
「なに、誰だって最初は素人だ。オレも類も、もちろんえむや寧々だって、最初は何にもできなかったんだぞ?」
「――」
「お前がいてくれたら、オレの夢はまた一歩、実現へと近づくだろう。……ステージのうえで、みんなの注目を浴びながら笑顔を届けるあの感覚を、観客みんなを幸せにする興奮を! お前とも一緒に感じられたら、オレはこのうえなく嬉しい」

 お前が来てくれるのを、オレたちはいつでも待ってるぞ――自信に満ちた物言いは、私から「拒否」という選択肢をゆっくりと奪っていく。

「――基本は、裏方ってことで。ショーに出るのは、たまに、でいいなら」

 私の返答に、二人は満面の笑みで答えた。

 
2021/12/20
2022/09/01 加筆修正