ワンダーワールド

「フェニックスワンダーランド」という名前には聞き覚えがある……というか、実は、幼い頃に一度だけ遊びに行ったことがある。あれは確か私が小学校に上がるか否かの、まだ母と兄が一緒に住んでいた頃だ。
 シブヤで評判のアミューズメントパーク。周りはみんなフェニランに夢中で、私もこの日を今か今かと待ちわびていた。前日は楽しみでまったく寝つけなかったし、眠気の「ね」の字もない私と兄に、両親がひどく呆れていたのを覚えている。
 待ちに待ったフェニランでのひと時は期待通りきらきらで、眩しくて、まさしく夢のようだった。文字どおり時間も忘れてあの世界に浸りきっていたし、朝から晩まで遊びっぱなしだったというのに、まるで瞬きのごとく時間が過ぎていったもの。
 ――思えば、私にとって家族全員が揃った楽しい思い出というのは、あれが最後だったのかもしれない。
 だからこそ、そんな思い入れのあるテーマパークで天馬と神代がバイトしているんだと聞かされたとき、正直ものすごく驚いた。
 彼らと話し始めてからひっきりなしに驚いているような気もするが、まだまだぬるいと言わんばかりに更なる驚きが私を襲う。それは、たとえば彼らの根城がやけに奥まった場所にあるステージなことであったり、なんだかやけに元気な女の子と、少し臆病そうな女の子との四人で一緒に働いていることであったり。
 さらには、その元気な女の子の背後に、謎の着ぐるみ集団が控えていたり、など。私のつまらない人生への刺激は、今日一日だけとっても枚挙に暇がない。
 なかでも一番の驚きは、奇人変人に囲まれた天馬が相対的に常識人に見えるということだったのだけれど――

「はじめまして! あたしは鳳えむだよ、よろしくね!」
「あ……っ、と。く、草薙寧々、です。よろしく……」

 ピンクの子と黄緑の子がそれぞれ挨拶をしてくれる。溌剌としたピンクの子――鳳えむは、挨拶だけ済ませるとすぐに忙しなく動き始めた。もう一人の黄緑の子、草薙寧々はおとなしいのか怯えているのか、私と目をあわせようともしない。
 私が軽い会釈に玉村です、という挨拶をそえると、鳳えむはひどく純粋な目を向けて私に言った。

「玉村……玉村なにさん? あ、もしかして、タマ・ムラちゃん?」
「……違う」
「おっと! すまないがえむ、輝夜は『輝夜』と下の名前で呼ばれることを苦手としているんだ、だから――」
「輝夜ちゃんっていうの? 可愛い名前だね!」
「お前オレの話を聞いてるか!?」
「ほえ?」

 まるで漫才のごとく繰り広げられるやり取りに、なぜだか関係のない私までため息を吐きそうになる。テーマパークでバイトするなんて苦労だらけだろうと思っていたが、どうやら私の想像よりも、天馬の気苦労は絶えないようだ。
 このままでは埒が明かなそうなので、私は少しだけ前に出て、鳳えむへの弁明と、天馬への助け舟を同時に出す。

「えっと……ごめんなさい、私、下の名前で呼ばれるのが好きじゃなくて。だから、できれば名字のほうで呼んでくれると嬉しいな」
「名字……っていうと、玉村? ……うーん、でもそのままじゃ味気ないから……そうだ、たまちゃん! たまちゃんって呼んでもいい?」
「……まあ、それなら」
「やったー! あたしのことはえむって呼んでね。あたし、この名前大好きなんだ!」

 自分の名前を大好きだと胸を張って言える彼女が、なんだかひどく羨ましかった。
 天真爛漫というべきか、もしかするとえむはいわゆる脳直と言うやつなのだろうか。思ったことをそのまま口に出しているように見える。意外とこういう人間のほうがこちらの知らないところで色々と考えていたりするのだが、果たして彼女はどうなのだろう。
 もう一人の草薙寧々は人見知りなのか、知らぬ間に神代の後ろに移り、ずっと私の様子をうかがっていた。たしかに私は女子にしては背も高いほうだし、顔つきだって優しくないので、多少の威圧感を与えてしまっているのかもしれない。
 ……もっとも、彼女よりも小さいはずのえむは、まったく物怖じせずに私に話しかけてくるけれど。

「すまないね、玉村くん。寧々は知らない人と話すのがあまり得意ではなくて。ロボ越しじゃないだけ成長したと思ってやってくれ」
「ロボ……? ……まあ、私も怖がられがちなほうだし、別に」
「あはは……ありがとう、助かるよ」

 神代の後ろで縮こまっている草薙寧々に目を向ける。目があった途端、まるで猫のように全身の毛を逆立てて怯えたふうにも見えたけれど……まあ、今は気にしないでおこう。
 私はあまり目つきが良いほうではないし、こちらは普通に見ているつもりでも、相手からすれば睨めつけられているように感じてしまうのかもしれない。何より私自身も見られるのが得意な性分ではないから、この場はとりあえずそっとしておくことに決めた。

「あんたたち、仲良いの? その子、私よりデカくて異性のあんたにひっつきっぱなしだけど」
「僕たちかい? そうだね、僕たちはいわゆる幼なじみというやつさ」

 ずいぶんとデコボコした幼なじみだ――それが、私の率直な感想だった。
 とはいえ、彼女が一目散に隠れる場所が神代の後ろであるあたり、このなかで一番親しい仲というのはどうやら間違いないらしい。

 
2021/12/14
2022/09/01 加筆修正