袖振り合う廊下

 すらりとした長身に紫色の髪、水色のメッシュとピアス。やけに整った顔立ちも相まって、彼は印象に残らないほうが難しいくらいの人間だった。
 やたら真剣に工具やパーツの部類を物色していることだけ気になったが、接客しているときは物腰柔らかで話しやすい相手だったし、たまに園芸コーナーに立ち寄って花を褒めてくれるので正直どうでもよかった。
 時おり、ひどくマイナーなパーツを求めて父と交渉しているすがたを目にしていたが――父にとって彼は「若いのに話のわかるやつ」らしく、気づけば工具パーツがやけに充実しはじめていて、その筋のお客さんもぐっと増えたように思う。……まあ、儲っているならそれでいいのだけれど。
 そして、そんな彼が隣のクラスにいたことはもちろん、天馬と親しくしていたらしいことは私にとってまさに青天の霹靂と呼ぶべき事態であった。
 私は世間の狭さを実感したと同時に、この天馬司という人間のコミュニケーション能力に目を瞠る。未来のスターというのは、あながち大げさなことでもないらしい……?

「見覚えのある制服だなとは思ってたけど、まさか隣のクラスにいたなんて……さすがに世間狭すぎ」
「僕も驚いたよ。まさかのまさかで君が司くんと仲良しで、一緒に学級委員をやってるなんて、ね」
「……別に仲良しではないけど」

 私がそう言うと彼は――神代類は、どこかおかしそうにくすくすと笑う。僕にはとても仲の良い二人に見えるけどね、といういらん情報は聞こえないふりをした。

「そうだろう、そうだろう! オレと輝夜は一蓮托生、なんせこの一年間を共にする相方なのだから、な!」
「ただの学級委員で大げさすぎじゃあ……」
「何を言う! オレは未来のスターだぞ、こういった小さな積み重ねも将来につながるに決まっている……! すまないが輝夜、お前にも付き合ってもらうぞ」
「はあ……もう、わかったよ」

 私がため息混じりにしぶしぶ頷くと、天馬は相変わらずの眩しい笑みを一層輝かせてこちらを見る。あまりにも眩すぎて、今度こそこの目を焼いてしまいそうになった。
 天馬はもちろんのことだが、じつはこの神代も非常に目立つ――というか、要注意人間である。何かをやらかすとしたらだいたいこの二人、というのが周知の事実であるくらい、天馬と神代は神高における有名人だ。
 私の知っていた「神代類」はそんな変人よろしい人間だったので、よもやいつもの「常連さん」がそうであるとは夢にも思っていなかった。噂ばかりで姿を見たことがないというのが、こんなところで作用してくるとは。
 そんな変人に挟まれながら、廊下のど真ん中で話し込んでいるという現状。それは私にとってイレギュラーというか、非日常というか……つまるところ、通行人の視線が痛くてたまらないのである。正直すこし頭が痛いし、今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。
 私の様子に気づいているのかいないのか、天馬はうんうんと繰り返し首を動かし、ひとりで何かに納得しているようだった。ひとしきり考え込んだあと、ぱっと顔をあげて私たちの目を交互に見る。

「ところで、だ。二人が知り合いだというのは初耳なんだが」
「ああ……この人、うちの店の常連さん」
「うちの店?」
「おや、司くんはご存知なかったのかい? 彼女はね、僕がいつもお世話になってるホームセンターで働いてるんだよ」
「そうなのか!?」
「働いてる、というか……うちの父親がやってる店だから、昔から手伝ってるだけだよ」

 そう言うと、天馬はどこか訝しげというか、驚愕というか、かすかに青ざめたような表情を浮かべながら私を見る。
 なによ、と口を尖らせてやると唇をわなわなと震わせて、やがて大きなため息を吐いた。

「そうか……オレは、お前について知らないことがまだまだたくさんあるんだな。一蓮托生が聞いて呆れる……」
「は?」
「輝夜、今日の放課後は空いてるか? せっかくだし、ゆっくり話す機会をつくりたいと思うんだが」

 思いの外真剣な様子で、天馬は私に訊ねてくる。
 てっきりあーだこーだと騒ぎ出すと思っていたのに、彼は私が思っているより冷静で、意外と普通に仲良くしたいと考えてくれているらしい。
 ならば、まあ……悪い気はしないというもので。渋々を装いながら私が頷く前に、なぜか神代のほうが先に口を開く。

「それなら、せっかくだしフェニックスワンダーランドにご招待するというのはどうだい? あそこなら司くんのことも知ってもらえるし、もしかしたら話も弾むかも」
「なるほど……! 類、それは名案だ!」
「え……あんたたち、フェニランで働いてんの? 初耳なんだけど」
「ああ、少し前からショーキャストとして働かせてもらっているのだ。そうと決まれば話は早い、早速今日――」

 男二人でわいわいと話を進めていて、正直私に口を挟むすきはほとんどなかったのだけれど。
 目を爛々と輝かせて楽しそうにする天馬のすがたを見ていると、まあ、それもいいかもしれないと考えるようになっていて。どうやら私は自分の想像以上に、彼に絆されてしまっているようだ。

「うん、うん。彼は本当に、見ていて飽きない人だよね」

 訳知り顔で言う神代だけ、妙に癪に障ったけれど。

 
2021/12/09
2022/09/01 加筆修正