正直/名声/×××

 五月十七日の誕生花にはいくつかあるが、なかでも輝夜のお気に入りは黄色のチューリップだった。
 チューリップという花自体この国では馴染みのあるものであるし、つるりとしたフォルムや鮮やかな色彩、種類によって様々な形をする花弁は見る人を決して飽きさせない。親しみやすさとあまりある多様性は、花壇の主役にも脇役にもなりうる独特の器用さがあった。
 このひと株があるかないかで、花壇の華やかさは一気に変わってくる。緑化委員として活動した一年という短い間にすら、何度だって感じたことだ。
 何より、この花を見るととある男が思い浮かんでたまらない。彼には――司には、まばゆい黄色がよく似合う。黄色いチューリップを携えて笑う司の顔は、ただ目を閉じるだけでも、すぐにまぶたの裏に浮かんでくるようだった。
 花といえば、やはり思うのは花言葉というやつだろうか。それは例にもれずチューリップにもたくさんあって、特にこの花に添えられたものは、色や本数によって多種多様である。一度には覚えきれないくらいだ。
 有名なのはやはり「思いやり」だろう。花言葉の成り立ちとなった言い伝えには美しい少女と三人の騎士が出てきて、性別こそ反転するものの、「三人の騎士」というのはなんとなくおのれの初公演を思い出させた。藍の乙女として積んだ経験は、今もしっかりと輝夜のなかで生きている。
 色ごとに異なる花言葉も、ポジティブなものからネガティブなもの、恋愛色の強いものまで本当にさまざまだ。たとえば、紫であれば「不滅の愛」。緑であれば「美しい目」、ピンクは「愛の芽生え」、黒になると「私を忘れて」。
 そして、此度の黄色いチューリップは――

「『正直』に『名声』……ふむ、さすがはこのオレの誕生花。オレにぴったりのものがあてがわれているではないか!」

 チューリップの花束を受け取りながら、司はいつもどおり呵々として笑う。ふんぞり返るような調子のそれは、少し前の輝夜ならあまりの声量に耳を塞いでいただろうが、最近はだいぶ慣れたようで、特に何をすることもなかった。

「喜んでもらえてよかった。あんたに似合うと思ったから」

 物言いこそ大ざっぱなように見えるが、司はひどく気遣わしげに、繊細な手つきでそれを抱えている。
 感じ入るように細められた目も彼の育ちの良さを如実に表していて、輝夜は司の持つこういった面、いわゆる“ギャップ”をひどく好んでいた。

「……うむ。花弁も瑞々しいし、元気に咲いているな。こんなに立派なチューリップはなかなか見ないぞ」
「お褒めにあずかり光栄。丹精込めて世話したかいがあったよ」
「なに!? ……もしや、このチューリップはお前が育ててくれたのか?」
「当たり前じゃない。せっかくのあんたへのプレゼントなのに、他人が育てた花にするわけないでしょうよ」

 店に出してるやつでもないし、私の家で、ようく面倒見た子なんだから――
 輝夜がそう言うと、司は一瞬考えこむような素振りを見せたあと、いつものごとくバカみたいな声量で歓喜の声をあげたのだった。文字通りの感涙とでも言うべきか、サプライズのときと相違ないくらいの、大粒の涙を流している。
 屋上に人気がなくてよかった、と胸を撫でおろさずにはいられない。――否、もしかすると階下の人にまで届いてしまっているかもしれないが。

「オ、オ、オレは、なんて幸せ者なんだ……! こうしてプレゼントをもらえるだけでも嬉しいのに、よもや輝夜が手ずから育てた花だったとは……ッ」
「ちょ、ちょっと……ばか、大袈裟だって。……そんな、泣くほど喜ぶこと?」
「当然だろう! なんせ、このチューリップの花弁のひとつひとつ、葉の繊維に至るまで、お前の努力や、愛、優しさが詰まっているということなのだからな……!」

 感動屋にも程があるだろうと言いたくなったが、まあ、水をさすのも申し訳ないので黙っていることにする。
 ……しかし、相変わらずのストレートな物言いだ。彼の気迫に圧倒されながらも、輝夜はまったくといって、悪い気も、気恥ずかしさすらも感じていなかった。むしろ誇らしいと思うくらい。
 司の、こういうところが好きなのだ。彼は、輝夜の隅から隅までをちゃんと見てくれる。労力も、心配りも、悲嘆も、そのすべてをすくって、抱いて、受けとめてくれる人なのだ。
 ――だからこそ、だからこそ輝夜は彼と一緒に、人生二度目の恋をする決心がついたのだから。

「ふふ……ありがとね、司」
「む、なぜだ!? 礼を言うのはオレのほうだが……!」
「ううん。私からも、ちゃんとお礼を言わなくちゃいけないの。……司、本当にありがとう。あんたと会えて……あんたと一緒にいられて、私、本当に幸せなんだから」
「輝夜――」
「誕生日、おめでとうね」

 これからも、司はそのままの司でいてね。
 少しだけ背伸びをして、まだほんの少しだけ幼さが残った彼の頬に口づける。面食らったあと一気に頬を染めた彼が愛らしくて、輝夜はついつい、声をあげて笑ってしまったのだった。

 
  ◇◇◇

 
 きっと、司は知らないままだ。黄色いチューリップの、もうひとつの花言葉について。
 その花言葉を通して、私が隠した本当の想い。燃えるようで、けれども燻っているだけのそれに気づいてほしい気もするし、けれど、知らないままでいてほしいような気もする。
 ――「望みのない恋」。それが、黄色いチューリップが背負うもうひとつの花言葉だ。
 大きすぎるそれを抱えていた私に初めて触れてくれたのが、他でもない司だった。初めて打ち明けた拙くて汚らしい私の恋心を、司は笑うこともなじることもなく、ただ真っ向から、当たり前のように受け入れてくれた。司にとっては至極当然のことなのかもしれないけれど、私からすればそれはとても特別で、痛くて、このうえなくあたたかかった。
 だからこそ、この花を司に贈りたかったのだ。私の「望みのない恋」を看取ってくれたあなたへ。そこから踏み出す勇気をくれて、その先に立っていてくれた、唯一無二の、愛おしい人へ。私とあなたを引き合わせてくれたその想いを、他でもないあなたに受けとめてほしかった。
 もしも司がこの花言葉を知ったら、彼は私の込めた想いに気づいてくれるだろうか。この胸に秘めた強い気持ちを、人知れず、水面下であなたに注がれているこの激情すらも、その手のひらで、掬ってくれたり、するだろうか。
 チラつかせるだけチラつかせておいて、あとは相手の出方を待つばかりの狡くて弱い私すら、きっとあなたは掬いあげて抱きしめてくれるのだろうと――そんなふうに思う浅ましい私のことを、どうかどうか、許してほしい。
 そして、あわよくばそこにひとしずくの愛を注いでくれたら。さすればもう、私はいっさいを望まなくなるだろうか。
 

司お誕生日おめでとう
2022/05/17