一世一代の花冠

 本番は、驚くほどに呆気なく、そして無情にもあっという間にやってくるものなのだ――
 ワンダーステージの舞台袖に立ちながら、私は期待に満ちたお客さんの声を聞いている。

「知ってる? 今日のショーって、新しい人が出てるらしいよ」
「聞いた聞いた! どんな人なんだろうねー、楽しみだなあ」

 ――心臓が、うるさい。日頃はあまり緊張することもないのだけれど、こんなにもたくさんの人間を前にしては、さすがの私もビビってしまうらしい。
 怖くて、こわくて、たまらない。私のたったひとつのミスですべてが壊れてしまう、みんなの努力が水の泡になってしまうかもしれないと思うと、貧血でも起こしそうなくらい、私はさっと血の気が引いた。
 ふらつく体を無理やり立たせ、おぼつかない深呼吸を繰り返している私の異変に気づいてくれたのは、意外にも寧々が一番だった。

「たま先輩、大丈夫? 緊張、してるみたいだけど」
「えっと……なんか、らしい、ね? 私も、まさかこんなふうになるとは思ってなかったんだけど――」
「らしい、って……もう、せっかくの初舞台がそんな他人事でいいわけ?」

 寧々のやさしい発破にも、私はかろうじて苦笑いを返す、くらいのことしかできなかった。
 解散後の練習は、あれからずっと欠かさずに続けていた。時間のあるときには天馬が手伝ってくれたし、彼のアドバイスのおかげで個人練習の精度も上がったように思う。天馬の次に居残り練習に加わってくれたのが寧々で、そのおかげで彼女と話す機会もぐっと増えた。
 気がつけば神代やえむも一緒に私の練習を見てくれるようになったし、みんな初心者丸出しの私にたくさんのことを教えてくれた。
 あまりにも不慣れで大根だった私の演技も、みんなの助けもあってそれなりに見えるものになった……と、思う。昨日には天馬に「この短期間によくやった」とお褒めの言葉までいただいたほど。
 自分の成長を感じるとともに、ワンダーランズ×ショウタイムのみんなの優しさに強く胸を打つ練習期間だった。

「たまちゃんなら絶対できるよ! あたしたちで、みんなをいーっぱい笑顔にしようね!」

 寧々の後ろから顔を出したえむが、思い切り私に飛びついてくる。
 彼女の朗らかな様子に私の緊張も自然と和らぎ、冷え切っていた体温もいくらか熱を取り戻したらしい。知らぬ間に綻んでいた口元に気づいたのは、寧々の指摘を受けたからだった。
 ちらりと幕の隙間のほうに目を向けると、天馬と神代が私のことを見守ってくれていた。その瞳には疑惑や不安のたぐいなど微塵もなく、ひたすらに私を信じ、勇気づけてくれているようにうかがえる。
 みんながいてくれるならきっと大丈夫――そんな確信が、私のなかに溢れてくる。

「覚悟は決まったようだね」

 神代の言葉に、私は考えるよりも先にうなずいていた。
 ――いまなら、できる!

「さあ、開演だ! いくぞ、みんな!」
「おー!」

 
  ◇◇◇
 

 ――それは、とある国の隅っこに生い茂る、小さくて深い森のお話。
 この森には、とある噂が流れていました。勇気あるものだけがたどり着けると言われる森の奥の奥の奥に、この世のものとは思えないような素晴らしいお宝が眠っていると。その宝を手にした者は、財だけではなく永遠の幸せまでもが与えられるなんて話まで、まことしやかに囁かれていたのです。
 民衆の間に広がっていた、夢のような噂――それを耳にしたこの国の王子は居ても立ってもいられず、家臣たちの反対を押し切ってこの森へとやってきました。
 しかし、無鉄砲な彼は思いっきり迷子になってしまいます。歩いても歩いても変わらない景色のなか、折れそうな心を必死に奮い立たせて進んでいると――

「うん……? なんだ、あの塔は? それに、この歌声……。――ハッ、もしやあの塔から聞こえてきているのか!?」

 王子はやがて、首が痛くなるほど高い高い塔を見つけます。耳をくすぐる美しい歌声も、おそらくあの塔のうえから聞こえてきているのでしょう。無鉄砲で無謀な王子はさっきまでの疲れはどこへやら、その瞳をキラキラと輝かせながら塔の方向へ走っていくのです。
 想像より遠い場所にあった塔ではありますが、それでも王子はめげません。必死に走って、時には転びながらずんずんと進み、とうとうその塔の麓までたどり着きました。

「おーい、誰かいるのか!? いたら返事をしてくれー!」

 王子の大きな声に驚いたのでしょうか、歌声はぴったりとやんでしまいます。そして、同時に感じる複数人の気配……王子がどうにかこの塔をのぼる方法はないかと周囲を見まわしていると、突然塔のうえから何かが降ろされたではありませんか。
 つやつやのピンク色をしたそれは、おそらくだれかの髪の毛でしょうか。無鉄砲で無謀で無茶な王子は怯むことなくそれを手にし、ゆっくりと引き上げられていきます。
 やがて最上階にある窓までたどり着いた王子は、軽やかな身のこなしで塔のなかに入り込み――そして、三人の女の子に出会うのでした。

「まさか、こんなところに人が来るなんて――いらっしゃいませ、王子様。よろしければ、この花冠をどうぞ」

 
2022/02/26
2022/09/01 加筆修正