夜空が透ける

 ――まるで、夜空みたいな色だ。真っ暗闇に沈む輝夜の髪を見ると、どうにもそう思ってしまう。
 少しだけ癖のある髪を「咲希のものによく似ている」と思っていたのはもうずいぶん前のことで、今となっては唯一無二の、司にとって大切な宝物のひとつとなっていた。
 ベッドのうえに散らばるそれは指通りがとても良くて、ひと束つまんでみるだけで手入れが行き届いていることがわかる。こんなふうに触れると傷むのだろうなと思いはすれど、つるつるですべすべの糸に触れるのをひどく好むようになってしまったので、つぎの誕生日にちょっと高めのヘアオイルを贈ることで手を打ってもらった。
 その髪に触れて、香りを味わって。褒めるたびに自慢気に微笑う、その顔を見るのが好きだった。

「……ちょっと、なんか、他のこと考えてない?」

 闇に溶ける髪を前に色々と考え耽っていたせいか、どうやら気もそぞろになってしまっていたらしい。司の下でずっともぞもぞと動いていた輝夜から、ついに控えめなダメ出しが飛び出してきた。

「む……い、いや。お前のことを考えていたんだが」
「ふーん? ほんとかなあ……」
「当たり前だろう、このオレがお前以外の――うおおっ!?」

 刹那、脇腹に手痛い一撃……もとい、したたかなくすぐりをいただいてしまった。突然の出来事に気が緩んだ隙をつかれ、一気に体勢が逆転する。
 気づけば司の背中はぴったりとベッドにくっついていて、したり顔で笑う輝夜の向こうに見慣れた天井が映っていた。
 楽しげなその顔は以前からよく見ていたものだが……今日こそはなんとか上手に立てると思っていたのに。

「結局こうなるのか……」
「あはは、そりゃあそうでしょ。そう簡単にイニシアチブとられちゃったら困るし――」

 ぐっと身をかがめた輝夜が、ぴったりと体をくっつけてくる。
 さしもの天馬司も年頃の男子高校生なので、好きな女に密着されて嬉しくないわけがない。あまったるい香り、やわらかな感触、あつくなった体温、それらすべてがじわじわと、奥の奥から情欲を呼び覚まそうとする。

「明日は……バイト、ないもんね?」

 いざなうようなその囁きが最後のトリガーとなり――そこからのことは、よく覚えていない。

2022/03/17