瑕 / 完結済
重雲と夢主のはじまりからおわりまで
※夢主死ネタ
- さいしょの記憶
正直なところ、わたしは「家族」や「親」というものがよくわからない。自分が他人の腹から産まれた実感が希薄なのだと思う。 それがなぜなのかと言われたら、わたしは物心つく頃には既に一人で、気がついたときにはもう、そばには誰もいなかったからだ。嫌…
- はじまりの楔
幼い頃に交わした、宝物のような「契約」があった―― その人は、いつもどこか淋しそうに笑っていた。他人が寄りつかないような奥まった場所に暮らし、時おり顔をあわせては、ぼくに向かって笑ってくれる。ぼくはその笑顔を見るたび少しだけ胸が熱くなって…
- はじめての怒り
少年方士の朝は早い――かつて行秋が、茶化したように言いながらぼくの鍛錬を眺めていたことがあった。あれは一体いつのことだっただろうか、もう何年も前のことのような気もするが……しかし、たとえ何年何ヶ月が経ったとて、ぼくが鍛錬の手を緩める日など…
- ふりだしの抱擁
――誰かの呼ぶ声がする。聞き馴染みのある声にそっと目を開けると、そこにはひどく気遣わしげにこちらを覗き込むが現れた。 突然のことに何も咀嚼できぬまま瞬きを繰り返し、少しけだるい体を起こす。ぼくが気づいたことに安心したのかはわっと声をあげな…
- さいごの機会
あれから、はまるで見違えるように元気になったと思う。 その活力の理由が無理な妖魔退治をしなくなったからか、それともストレス源が減ったからなのかはわからないが、とにかく以前よりも生き生きし始めた彼女のすがたを見るのは、ぼくとしてもとても喜ば…
- むすびの思い出
「重雲、純陽の体について考え方が変わったってほんと?」 がそう問いかけてきたのは、両国――否、三国詩歌握手歓談会が終わってから、三日ほど経った頃のことだった。 件の大会にはも共に参加していたのだが、よりによって最終日に体調を崩してしまったの…
- さいごの鎹
冷たい風が吹きすさぶなか、ぼんやりと一人佇んでいる。ぼくの目の前にあるのは、誰の仲間にも入れてもらえなかった人間が丁重に眠る、ひどく小さくて粗末な山だ。 この山の下には、ぼくが恋い慕ってやまなかった存在が眠っているが――しかし、これを暴く…
- おわりの詩
――もしもわたしが、いなくなったとして……重雲は、わたしのことを忘れないでくれる?―― 今際のわたしが発した言葉は、ともすると重雲にとって、ある種の呪いとなってしまったかもしれない。なぜならば、倒れ伏す直前に見た重雲がわたしのことを想い、…
- あとがき
ちょっと補足が必要な感じの終わりになったので、たまにあるあとがきのターンです。今回も以前書いた短編からお話を膨らませていく感じでしたが、正直なところ短編の時点で夢主が死ぬことは決まっていました。そのうえで「どうせ死ぬんだからめちゃめちゃ人騒…
短編
重雲
- ひねくれるよりはずっといい
「たまに思うんだけど……重雲、君は平気なの?」 風の涼やかな昼下がりのこと、口を開いたのは行秋だった。出し抜けなそれは日陰に座り込んで特製のアイスをかじっている重雲へと向けられている。 脈絡もない親友の問いかけに、重雲は凛々しい目元をほんの…
- わたしに遺された一年
「重雲っ、お誕生日おめでとう! だーいすき!」 ばむ、と正面から抱きつくと、重雲はいつも涼やかにしている瞳の凛々しさをまんまるに溶かす。無防備かつ素直なその表情が、わたしはひどく好きだった。「おい、! いきなり抱きつくのはやめろっていつも……
- 後悔
わたしの命の期限というのは、どうやら人より短いらしい。 それを知ったのはもう何年も前のことだけれど、常人よりも死が近いことを恐れたことは不思議となかった。もしかすると、わたしは自分の命に関してひどく無頓着で傍観的なのかもしれない。 という…
- 陽に透ける桃園の景色
毎年、誕生日が近づくとふと思い出すことがある。 もう十年近く前のことになるだろうか、それは残暑に片足を踏み入れた頃の、ほんの少し風が涼しくなってきた、九月初旬のことだった。ぼくは行秋や香菱が誕生日のお祝いをしてくれると聞き、万民堂へと赴い…