ポケモン

愛しい人よ

 沼底に沈んでいた意識が、ゆっくりと持ち上がるような感覚。泥のようにねむるとは言い得て妙といったところで、あたしはもうすっかり熟睡できるようになっていた。 内容こそ覚えていないけれど、ひみつきちで夜を明かすたび、あたしは夢に囚われ続けていた…

柵にとらわれて

 ――嫌な予感がする。あたしは、やけにざわざわと騒ぐ胸をおさえて、つい、その場にうずくまった。 作業の途中、ベッドの傍らで唐突に動きをとめてしまったあたしのそばに、無二の相棒であるジュカインが駆け寄ってくる。ジュカインは普段きりっとしている…

糸よりも細く

「――とはいえ、だ。勇んで出てきたはいいけど、めぼしい場所があるわけでもないんだよな……」 むげんのふえで呼び出したラティオスの背中に乗りながら、雄大なホウエン地方をぐっと見下ろした。 引っ越してきてまだ数ヶ月しか経っていないくせに、目に映…

つまさきの怪物

 あの日以来実家に顔を出す機会を増やしたのは、そらをとぶ手段を手に入れたことはもちろん、件の出来事で家族に心配をかけたという自覚があるからだ。 母さんはあっけらかんと言っていたが、オレたちが寝静まったあとに一人でさめざめと泣いていたのを知っ…

傍らの思い

「そうか、ユウキはさすがだな。母さんに心配をかけたことだけはいただけないが――」「もう、パパったら! でも、無事に帰ってきてくれて本当によかったわ。テレビであなたの姿を見たときは、本当に気が気じゃなかったけどね? あなたの元気な顔を見たら、…

亀裂なんて入らない

 鏡を見るのが嫌いだった。 年をとるごとに母親に似てくるこの顔は、おのれの想い人が――唯一無二の父親であるセンリが他の女と結ばれて、生涯を共にしようと決意し、子を成したというこのうえない証左である。 おのれの存在がひどく疎ましかった。父親を…

陸にも海にも勝るもの

 超古代ポケモンのニュースを見るたび、ぐじぐじと心の奥底を抉られるような気持ちになる。 あたしのなかでこの話題は半ばトラウマとなっていて、それはグラードンやカイオーガにレックウザなど、超古代ポケモンやそれに連なるポケモンの名前を見るだけで吐…

千尋に至る海の溝

 ホウエン地方ミナモシティ――ここには数々の美術品を展示した立派な美術館がある。 地方全体を見ても最大級と言って過言ではないこの建物は、かつてアサギシティに住んでいた頃にも何度かテレビで見た覚えがあって、実を言うとその頃から気になってはいた…

燃える闘魂

 パパのたたえる闘志というのは、いうなれば静かに燃える炎だ。 あたしはバトルに臨むときの、パパの真っ赤な瞳が好き。別に目の色そのものが赤く染まるわけではなくて、瞳の奥にある炎さながらの闘志、熱意、気合い、そして愛情すべてをこめたあの瞳が、ま…

ぼくのあたしのプロローグ

 あたしが生まれたあの街は、ジョウト地方のアサギシティ。ホウエン地方からは遠く離れた港町で、船乗りや灯台、市場などなどとにかく活気あふれる街だった。 少し歩けばすぐそこは海岸に面しており、夜になるとチョンチーやヒトデマンが海を照らしてそれは…