もりをみるひと

こうかは ばつぐんだ!

「あっ……そ、そういえば、くんってじてんしゃ乗れないんだっけ……」「…………」 新しいじてんしゃがほしいんだよね――そう言ったのはナタネだった。 あたし一人じゃ見方が偏るかもしれないし、よかったら一緒に選んでもらっていい? 愛する人からの可…

柱の影から誰が見る

「くんっ! ほんっっ……とーに、ごめんなさい……っ!」 パァン! と勢い良く手のひらを打ち鳴らすナタネさんは、僕に向かって思い切り頭を下げている。 ひどく申し訳なさそうな様子は逆に罪悪感すら湧いてしまうほどで、見ていられなくなった僕はすぐに…

Stairs

 ――ねえ、くん。あたしとデートしない? それは、なんてことない夜のことだった。ソファでサイコソーダ片手に雑誌をめくっていたへ、ナタネが声をかけてきたのだ。 僕があなたからの誘いを断ると思ってるんですか――そんな言葉をすっかり飲み込んで、脈…

傾けてくれるその耳を

 華奢な首筋に顔をうずめて、すん、とひと嗅ぎ。愛おしい人の芳しい香りに胸を落ちつけて、はふにゃんと顔をとろけさせた。夜、二人でベッドに入るときは、いつもこうしてナタネの存在を味わっている。 ナタネは、いつもいい匂いがする。それは彼女自身の体…

伝播、鏡、もしくは意図して

 最近、くんはよくあたしにひっついてくる。ひっつくというか、抱きついてくると言ったほうが正しいだろうか。 それは正面からだったり後ろからだったり、寝るときなんてずーっと離してくれなくて。別に嫌な気分になるわけじゃないからやめてなんて言うつも…

今年も一年

 僕たちの年末年始は、ナタネさんの家や彼女のご実家で過ごすことが決まっている。決まっている……というか、自然とそういうふうになった。 きっかけになったのはナタネさんの家に転がり込んで初めての年末、実家に帰るという彼女のことを見送った日のよう…

おはようから、おわりまで

 ナタネさんの家に入り浸るようになってから、毎朝良い香りにつられて目が覚めるようになった。 それはナタネさんが愛情たっぷりに育てているお花たちのおかげでもあるのだが、それよりももっと僕の鼻腔を擽ってくれるものがある。 重たいまぶたを開き、見…

ここにいる理由

「そういえば、くんってテンガンざん越えたことある?」「あると思います?」「思わない。そもそもハクタイの外に出ないよね」「そうですねえ、家とハクタイのもりを往復する日々ですよ」「なんとも優雅な……でも、たまにはヨスガとか行ってみたくならないの…

君の名は……?

「そういえばくん、あたしずっと気になってたことがあるんだけど」「なんですか?」「この本に出てくる果物……そう、これは『ブルーベリー』じゃない?」「そうですね~」「でもこのガブリアスは『ブルベリー』って名前でしょ。これって何か意味があるの?」…

猛り、くすぶる

 僕がハクタイジムを訪れると、ナタネさんはあからさまに嫌な顔をする。「嫌な顔」というか、ひどく戸惑ったように視線を彷徨わせるのだ。 その感情の出処がどこにあるのかを僕はよく知っていて、だからこそ何度も何度も、足繁くここに通ってしまうのだけれ…

ハッピーハッピーバースデー

「くん、お誕生日おめでとう!」 ぱん! という小気味良い音と共にかけられたのは、ハツラツとした祝辞の言葉。 ワンテンポ、否、ツーテンポほど遅れて肩を揺らしたは、にこにこと楽しげに笑う恋人――ナタネの顔をまじまじと見る。彼女の手に握られている…

森の二人とキューピッド

『なるほどねえ…』『珍しく焦ったようだな。お前らしくもない』「……うう」 定番の切り株でうなだれながら、ヘッドセットに手を当てて唸る。何度も落とされるため息はとどまることを知らず、木々のこうごうせいを促すようでもあった。 ポケギア機能にて通…