伝播、鏡、もしくは意図して

 最近、シラシメくんはよくあたしにひっついてくる。ひっつくというか、抱きついてくると言ったほうが正しいだろうか。
 それは正面からだったり後ろからだったり、寝るときなんてずーっと離してくれなくて。別に嫌な気分になるわけじゃないからやめてなんて言うつもりはないけれど、それはそれとして、どうしてそんなことをするのか、というのが気になるのは至極当然のことではないか。
 今までは気にしないようにしてきたけれど、さすがにそろそろ疑問の種が芽を出してしまいそうだったので、意を決して口を開く。それは、コダックじょうろを片手に観葉植物に水をやっていた、とあるオフの日のことだった。
「ねえ、シラシメくん? あなた、最近やけにあたしにひっついてこない?」
「え……あれ、そうですか?」
「そうですか、って……あなたねえ、今まさにあたしの背中にのしかかりしてる最中でしょうが」
 こうして話している今も、あたしの背中には無視のできないずっしりとした重みがある。
 もちろんシラシメくんが太っているとか言いたいわけではなく、20cm以上も背が高い男の子に覆い被さられては、さすがのあたしも動きが鈍るということ。その場にしゃがみ込みそうになるのをなんとか堪え、せっせと水やりに勤しんでいた。
「うーん……でも、抱きついてるのはナタネさんも同じじゃないですか?」
「えっ――」
「あ、僕に対してじゃなくて……ナエトルたちを度々ぎゅってしてるし、ロズレイドのことも抱っこしたそうにしてましたよね」
 たしかに――言われてみれば、そうだ。
 あたしは、愛情表現のひとつとしてポケモンを抱っこすることが多い。可愛いと思えばついついひっついてしまうし、ナエトルはもちろん、チェリムやワタッコ、リーフィアなど、家にいるポケモンたちには事あるごとにそうしていた。
 そして、よりによって一番のパートナーであるロズレイドはどくのトゲのせいでぎゅっとすることが難しいのだと、そんな愚痴を聞いてもらったことだって紛れもない事実で――
「だから、僕もナタネさんを可愛いって思ったとき、ぎゅってしてみようかなと思ったんですけど……」
「け、けど……?」
「ナタネさんのことを可愛いと思わないことがないので、ほんと困ってるんですよね」
 あたしのおなかに手をまわしたまま、シラシメくんはまっすぐにその想いを伝えてくる。のんびりしているくせにやけにストレートな彼の物言いは、刺さるようにあたしの心に入り込んでゆっくりと胸を熱くするのだ。
 それがひどく悔しくて、けれど、それ以上に嬉しくて。気づけばあたしは、彼のまっすぐな思いを受けることに言いようのない喜びを感じるようになっていった。
 ただ、今回はそこに気恥ずかしさのまぶされた感情にぐらぐらにされて、あたしはそれきり何も言えなくなってしまっている。
 あたしが次に言葉を発することができたのは、顔を覆ったせいでひっくり返ったコダックじょうろから水を撒き散らしてしまい、足元を水びたしにしてしまったときだった。

2022/03/05