今年も一年

 僕たちの年末年始は、ナタネさんの家や彼女のご実家で過ごすことが決まっている。決まっている……というか、自然とそういうふうになった。
 きっかけになったのはナタネさんの家に転がり込んで初めての年末、実家に帰るという彼女のことを見送った日のように思う。ナタネさんの「シラシメくんは帰らなくて大丈夫なの?」という質問にうまく答えられなかったせいで、きっとそのときに色々と察されてしまったのだろう。僕が、家に居場所のない人間であるということを。
 居場所がないというのは少し語弊があるかもしれない。単にあまり団欒の機会があるような家族ではなく、ひどく冷めきっていて、和気あいあいとした真っ当な家庭ではないというだけだ。
 あんな家で冷たい年末年始を過ごすよりも、ナタネさんの家にいるほうが僕にとっては何倍も大きく意義のあることだった。留守を守るという真面目な目的もあれば、ナタネさんという人の存在や気配を少しでも感じていたいという、少しばかり自分勝手な理由もある。
 僕に家を任すというのは少し不安な気持ちもあったそうだが、もしものお目付け役にハヤシガメを置いていくということでなんとか可決された。……もっとも、そのハヤシガメとは結局一緒に昼寝をしたり散歩をしたりと、いつも通りな感じで過ごしてしまったのだけれど。
 三十日に帰ったナタネさんの背中を見送り、出迎えたのは翌年の三日のこと。数日ぶりに見るナタネさんは今まで以上にあたたかく見えたし、「おかえりなさい」と伝えたときの泣き笑いにも似た表情は、数年経った今でもはっきりと思い出せる。
 ……とまあ、そんな感じの年末年始を送って以来、僕たちはずっと一緒に年越しを迎えている。ナタネさんいわく「ソノオタウンなんていつでも帰れるから大丈夫」とのことで、年末に帰れない代わりに新年に一緒にご挨拶に行くことが常となった。
 ありがたいことに僕はナタネさんのご家族にも快く受け入れられていて、特にご両親には本当の息子のように可愛がってもらっている。ナタネさんと似たような顔をして笑うご両親は、僕のことも彼女と同じように「シラシメくん」と呼ぶのだ。
 あの家に行くたび、生まれて初めて感じる家族のぬくもりというやつで泣きたくなってしまうのは内緒である。
「……さて、シラシメくん。準備できた?」
 出かける準備をあらかた終えた頃、背後から優しい声がかかる。物思いに耽っていた頭を現世に引き戻してからゆっくり振り向くと、そこにはマフラーでもこもこになったナタネさん。普段なかなか見れないすがたがあまりにも可愛くて、つい吹き出してしまった。
 顔を真っ赤にしてぽかぽかと背中を叩いてくるナタネさんを適度に受け流しつつ、ソノオまでの旅路に欠かせないガブリアスのコンディションをチェックする。僕のガブリアスは寒さがあまり得意ではないので、マトマのみやほのおのいしを加工して作ったお手製の防寒具をきちんと装着してやるのだ。
 ひとしきり叩いて気が済んだのか、ナタネさんもガブリアスの様子を確認してくれる。僕のポケモンはみんなナタネさんのことが大好きなので、彼女に撫でられるといつもよりご機嫌だ。
「……うん、ブルベリーも大丈夫みたいですね。いつでも出れますよ」
「よーし、じゃあ行こっか? 今年はちょっと遅くなっちゃったから急がないと」
 というわけで、僕たちは例にもれず、今年の元日もナタネさんのご実家までご挨拶に行く。豪勢なおせちをいただいて、少しだけのんびりして、その後の予定や時間によって泊まるかどうかが決まるのだけれど――まあ、僕としてはどちらでもいい。あの家はとても居心地がいいし、何よりナタネさんと一緒に過ごせるのだからどこだって天国みたいなものだ。
「じゃあみんな、行ってきます。お留守番よろしくね」
 留守番係のポケモンたちにしっかり挨拶して、もちろんちゃんと施錠もして。ソノオまで僕たちを乗せていってくれるガブリアスに跨がり、僕たちは家をあとにする。この一連の流れも随分と手慣れたものだ。
「ナタネさん、」
「うん?」
「今年もよろしくお願いしますね」
「……! うん、もちろん! こちらこそよろしくね」
 出発の直前。少しだけ照れくさい挨拶と優しいキスを交わして、僕たちはいざ、ソノオに向かって繰り出すのだった。

今年の書き初めでした。2022年もよろしくお願いします!
2022/01/02