ハッピーハッピーバースデー

「シラシメくん、お誕生日おめでとう!」
 ぱん! という小気味良い音と共にかけられたのは、ハツラツとした祝辞の言葉。
 ワンテンポ、否、ツーテンポほど遅れて肩を揺らしたシラシメは、にこにこと楽しげに笑う恋人――ナタネの顔をまじまじと見る。彼女の手に握られているのはテープと花吹雪をしっかり散らしたクラッカーで、少し目線を落とすと足元にいる彼女のポケモンたち、チェリムやサボネアだけでなく、シラシメの相棒ポケモンであるライチュウのオレンジも同じようにクラッカーを鳴らしていたようだった。
 道理でなかなか大きな音だったわけだ……とシラシメはひとりで納得する。問題は、なぜそれが鳴らされたのか、というところであるが……
「今さあ、本気でわかんない! みたいな顔してるよね」
「え……えへへ~。はい……」
「さっきも言ったでしょう? 今日はシラシメくんのお誕生日じゃない」
 彼がぼうっとしていることにはもはや慣れっこなのだろう。ナタネはくすくすと笑いながらシラシメの肩を叩き、観葉植物やスワッグにあふれた廊下へすすすと消えていく。シラシメが彼女の行動に首を傾げたのは、両手に余るほどの大きなプレゼントボックスを持ったナタネが帰ってきた頃だ。
 リビングの中央に鎮座するテーブルに置くまでかなり丁重に扱ったあたり、中に入っているのはおそらく壊れ物か何か――否、ほんのりと鼻腔をくすぐる甘い香りに、何かしらの食べ物なのではないかと推察できる。よくよく見ると底のほうはまあるい形をしていて、箱というよりは何かを被せたようなものであったので。
 探るようなシラシメの視線に笑みを返したナタネは、とくとご覧あれ! とばかりに勢い良くその蓋を解き放つ。大きな蓋に隠されていたのはシンオウ地方の特産きのみをふんだんに使ったケーキで、シラシメの好むオレンジ色を基調にしつつ、派手すぎず地味すぎずの絶妙なバランスを保ったそれに、思わず喉を鳴らしてしまった。
 満足げなナタネの様子からそれが彼女の手作りであることは容易に想像できるが、しかしこのケーキにはハクタイ近くではあまり見ないきのみも使われていて、喜びと同時にシラシメは再び首を傾げる。
「これは……」
「シラシメくんの誕生日ケーキだよ。今年はどうしようかなと思ってたんだけど、ブルベリーやチェリーがたくさんきのみを取ってきてくれたから、きのみのケーキにしようと思って。ねー!」
 ナタネの声に反応するのはガブリアスとヨルノズクであった。彼らはトレーナーであるシラシメのため、ハクタイのもりをぐんと超えてたくさんのきのみを集めてきてくれたのである。
 彼女いわくライチュウやマラカッチはケーキをつくる手伝いまでしてくれたようで、そのおかげで今年のケーキはいつもより何倍もの自信作になったと教えてくれた。
「幸せ者だね、シラシメくん。みんな、あなたのことが大好きなんだよ」
 じわり。涙腺が緩むような心地がして、シラシメはナタネやポケモンたちから顔を背ける。恋人となってもはや数年が経っているのだ、彼が何の意図を持ってそっぽを向いたのかくらいナタネにはお見通しであって、彼女は何も言わずにシラシメの背中を見ていた。
 色んなことがあったと思う。けれど、こうしてナタネと共にハクタイの家で毎日を過ごせるこの幸せを、シラシメは常日頃より噛みしめるように生きていた。
「ナタネさん……」
「なあに?」
「大好きです。もちろん、オレンジたち、みんなも」
 シラシメの口から出た素直な言葉に、ナタネもポケモンたちもみな一様に笑顔を浮かべるのであった。

20200916