文章

生まれたことこそ敗北だ。

※恋愛色強め --- 「じゃあママ、私はそろそろ行くね。家のことは頼んだよ」「はいはい、いってらっしゃい」 ――あたしのママは、パパのことが大好きだ。  パパはたまに帰ってきてもポケモンの話ばかりで、けれどママはそんなパパの話を軽く流しつつ…

夢を託して

 スゥ、とセンリは深く息を吸う。 吸い込んだ空気を丹田まで落とし込み、数拍の後にゆっくりと吐き出した。 閉じた瞳を開き、目の前に鎮座するケッキングを見据える。センリが構えればケッキングも臨戦態勢をとり、やあやあ今こそそのときだと言わんばかり…

欲しかったもの

 それは、ポカポカ陽気の気持ちいい春の出来事だった。束の間の小休止ではないけれど、あたしはふとミシロタウンに立ち寄って実家で羽を伸ばしていたのだ。 そんななんてことない昼下がりのこと、久しぶりに家に帰ってきてテンションが上がってしまったのだ…

追いたくなって

 しんしんと音もなく降り落ちる雪は、ホウエン地方でまみえるのはひどく珍しい銀色にこの世界を染めてゆく。かつて暮らしていたジョウト地方――アサギシティでは雪こそ時おり見えたけれど、住んでいたのが海際ということもあって積もることはほとんどなかっ…

「パパ」だから

「パパ! パーパァ!」 ひょこん、と現れた愛娘の姿にセンリの顔が綻んだ。トウカジムの裏手にある広場で鍛錬を行っていたのだろう、今まさに臨戦態勢に入っているヤルキモノへ静止の意を込めて手のひらを見せる。険しく顔を歪めていたヤルキモノもセンリの…

そこには波のひとつもなく

 ――夢を見ている。あたしはゆらゆらと揺れる世界でたゆたいながら、ひどく心地よい波に身を任せていた。 それはきっと、いうなれば羊水のように優しく全身を包み込んで、すべての苦しみからこの身を守ってくれているのだろう。 苦しみもなければ喜びもな…

頬に残るはあどけなさ

 見た目よりも柔らかな癖毛を撫でてやると、うっすらと閉じられたまぶたがほんの一瞬だけ震える。 にわかな刺激に小さな身じろぎこそするものの、その眠りが中断されることはなく――丹恒は再び深い眠りに落ちていったようで、やがて穏やかな寝息をたてはじ…

怒らせないほうがいい?

 個性的なメンバーが集う星穹列車には、いくつかの「恒例行事」がある。たとえば、初めての寝坊をもちもちのパムに咎められるだとか、姫子のコーヒーで撃沈するだとか、色々。 そのなかのひとつが「の血抜きに遭遇する」である。星穹列車において雑務や厨房…

こうかは ばつぐんだ!

「あっ……そ、そういえば、くんってじてんしゃ乗れないんだっけ……」「…………」 新しいじてんしゃがほしいんだよね――そう言ったのはナタネだった。 あたし一人じゃ見方が偏るかもしれないし、よかったら一緒に選んでもらっていい? 愛する人からの可…

柱の影から誰が見る

「くんっ! ほんっっ……とーに、ごめんなさい……っ!」 パァン! と勢い良く手のひらを打ち鳴らすナタネさんは、僕に向かって思い切り頭を下げている。 ひどく申し訳なさそうな様子は逆に罪悪感すら湧いてしまうほどで、見ていられなくなった僕はすぐに…

Stairs

 ――ねえ、くん。あたしとデートしない? それは、なんてことない夜のことだった。ソファでサイコソーダ片手に雑誌をめくっていたへ、ナタネが声をかけてきたのだ。 僕があなたからの誘いを断ると思ってるんですか――そんな言葉をすっかり飲み込んで、脈…

傾けてくれるその耳を

 華奢な首筋に顔をうずめて、すん、とひと嗅ぎ。愛おしい人の芳しい香りに胸を落ちつけて、はふにゃんと顔をとろけさせた。夜、二人でベッドに入るときは、いつもこうしてナタネの存在を味わっている。 ナタネは、いつもいい匂いがする。それは彼女自身の体…