生まれたことこそ敗北だ。

恋愛色強め

 

 
「じゃあママ、私はそろそろ行くね。家のことは頼んだよ」
「はいはい、いってらっしゃい」
 ――あたしのママは、パパのことが大好きだ。

 
 パパはたまに帰ってきてもポケモンの話ばかりで、けれどママはそんなパパの話を軽く流しつつ、なんだかんだで楽しそうに聞いている。きっと相性がいいというやつなのだろう、現にあたしはパパとママがケンカしたところをそれこそ数回しか見たことがない。パパの単身赴任が長かったことも要因のひとつかもしれないが、それにしたってラブラブだ。
 あたしはそれがひどく悔しくて、でもそんな2人がたまらなく大好きでもある。あたしはパパのことが好き、色んな意味でだぁいすき。けれどもあたしはそれ以上に、いつも明るくて優しいママのことも、ママといるときの幸せそうなパパも、一緒に過ごしているときの和やかな2人のことも、本当に、本当に大好きだった。
 両親としての2人が好きで、でもパパじゃないパパも好き。あたしは、そんな矛盾を抱えながら日々を過ごしている。
「どうしたのチイロ、難しい顔して」
「んー……なんでもなぁい」
 トウカにもどるパパのことを、あたしはリビングのソファに深く腰掛けながら見送った。パパを玄関まで見送るのはママの役目で、もちろん来るなと言われたことなんか一度だってないけれど、ただなんとなくあの場に入りづらく思っている。仲睦まじい2人のあいだに、「娘」のあたしは入れるけれど、今のあたしは。
「そういえば、パパってお外では『ママ』って呼ばないよね」
「あら、そう?」
「そうだよー、ジムとかだと『母さん』って言うもん」
 なんとなく引っかかっていたと、口に出せば、確かにそうであるのだ。パパにも体裁なりなんなりがあるのかもしれない、仮にもジムリーダーで子供は2人の大黒柱、雰囲気にそぐわないとは言わないけれどそんな威厳ある人が「ママ」と言うのはあまりよろしくないのかも。まだ子供のあたしには理解すら及ばないような大人の事情が、パパの世界にはあるのだろうな。
「ま、呼び方なんて何でもいいのよ。パパがパパでいてくれるならね」
 ゆるりと微笑みながら洗濯物を畳むママは、いつしか若い頃のパパとの思い出を語ってくれたときと同じ目をして笑っていた。「お母さん」の目は優しくて、「妻」の目は愛おしそうに細められて、とてもじゃないけどあたしにはこんな顔なんて出来やしない。大好きで、大好きで、大好きだからこそあたしは、
(……勝てないなぁ)
 だなんて、生まれたことこそが敗北の証である、そんなことを実感するのだった。

 
20170307