「パパ」だから

「パパ! パーパァ!」
 ひょこん、と現れた愛娘の姿にセンリの顔が綻んだ。トウカジムの裏手にある広場で鍛錬を行っていたのだろう、今まさに臨戦態勢に入っているヤルキモノへ静止の意を込めて手のひらを見せる。険しく顔を歪めていたヤルキモノもセンリのその姿に態度を和らげ、大きく息を吐いてからその場に腰を下ろした。
「邪魔しちゃった?」
「いや、大丈夫だよ。どうかしたのか?」
「あ! あのね、実は――」
 ゴソゴソとウエストポーチを手繰るチイロの右手は、程なくして真新しいモンスターボールを取り出した。ヤルキモノのほうへ放り投げると出てきたのはおそらく捕まえたばかりのカクレオンで、センリとヤルキモノの姿を捉えてもなお萎縮したような様子は見せず、むしろ懐っこくヤルキモノへ近寄っている。特に何か問題や衝突があった様子はなく、たちまちのうちに仲良しとなってしまったようだ。
「捕まえたの、女の子だよ! ノーマルタイプだからパパに見せたくて、それで“そらをとぶ”で帰ってきたの!」
「ほう……ようきな性格なのかな。なかなか強くなりそうだね」
「ほんと!? やったあ!」
 パパのお墨付き、もらっちゃった!
 無邪気に跳ねまわるチイロの姿にセンリとヤルキモノは微笑みを見せ、カクレオンもまた主人につられて陽気に飛び跳ねている。手を取りあって喜ぶ1人と1匹の姿に活力をもらったのだろうか、それとも何か刺激されるものがあったのか、ゆっくりと目を閉じたセンリは深呼吸をひとつおこない、そして再び目を開いてチイロへと向き直った。
 その顔はもう「優しいパパ」のものではない。強さを追い求める男、「トウカジムジムリーダーのセンリ」に他ならなかった。
「チイロ、そのカクレオンで私とバトルしてみないか?」
「……!」
「2人の力を見せてほしい。私にとっては鍛錬になるし、お前たちにも何か掴めることがあるだろうから、おそらくwin-winであるとは思うのだがね」
 どうだ、と構えるセンリは至極落ち着き払っている。おそらくチイロに断るという選択肢がないことをわかっているのだろう、その証拠にチイロもまた、父親譲りであるトレーナーとしての闘争心を剥き出しにしていた。
 チイロがカクレオンに目配せすると、少々戸惑うような様子を見せたもののすぐに意を決してヤルキモノに闘志を向ける。これなら大丈夫、そう判断した父娘は少しずつ距離を取り、そして深く一礼を交わした。
「――よろしくお願いします、パパ!」
「……『パパ』は変わらないんだね」
 それもチイロらしいか、そう続けるセンリはただ一瞬だけ、穏やかで優しい父親の顔を覗かせたのだった。

 
20170116