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さいごの鎹

 冷たい風が吹きすさぶなか、ぼんやりと一人佇んでいる。ぼくの目の前にあるのは、誰の仲間にも入れてもらえなかった人間が丁重に眠る、ひどく小さくて粗末な山だ。 この山の下には、ぼくが恋い慕ってやまなかった存在が眠っているが――しかし、これを暴く…

つかの間のワイナリー

「。これを君に」 隣に腰掛けるディルックが小瓶を差し出してきたのは、錬金ショップから帰ってきて、つかの間の休息時間を共に過ごしていたときだ。 やさしく手のひらに乗せられたそれは、昼間に目にした錬金薬の数々によく似ている。愛らしい猫の形をした…

モンドの風と共に

「えっと……うん、土の状態は問題なし。水はけも良くて、日当たりも良好。それから――」 栽培エリアでチェック作業に励む背中を、調合の合間に覗き見る。ディルックと共にやってきたが、バインダー片手にエリアをくるくると練り歩いているのだ。 今回の研…

「セシリアの花の微笑み」

「旅人。先ほどのものとは別に、もうひとつ頼まれてほしいことがあるんだが」 空の手渡した錬金薬の瓶を揺らしながら、ディルックは優雅にそう言った。 先立ってのやり取りとはまた違った風合いを乗せた彼の物言いに、空はちいさく微笑みながらうなずく。彼…

しあわせの残り香

 璃月には無数の人々が行き交っている。 この国で生まれ育った者、他国から商売にやってきた者、祖国を追い出された者、のんびりと旅行に勤しむ者……それらすべてがにとっては等しく愛しい存在で、彼はこの地に足を踏み入れるすべての者たちを愛していた。…

眠りこけてる場合じゃない

 ――嘉明のバカ! だいっきらい……! 見知った少女が泣きながら叫んでいる。 痛ましいその様子は見覚えのありすぎる光景で、もはや懐かしさすら感じるくらいだ。人としての良心のみならず郷愁の念まで刺激するそれは、心地よく浸っていたはずの睡眠をぴ…

終わりの朝日

 フォドラは夜明けを迎えた。ネメシスを打ち倒し、壁を壊すための準備が整ったのだ。このままうまくいけば、クロードを長年苦しめた偏見という名の脅威を、そう遠くない未来になくすことができるだろう。 おのれに流れるフォドラの血はもうさんざ利用した。…