「セシリアの花の微笑み」

「旅人。先ほどのものとは別に、もうひとつ頼まれてほしいことがあるんだが」

 空の手渡した錬金薬の瓶を揺らしながら、ディルックは優雅にそう言った。
 先立ってのやり取りとはまた違った風合いを乗せた彼の物言いに、空はちいさく微笑みながらうなずく。彼の意図をなんとなく察したからだ。

「いいよ。もしかして、ハーネイアにあげるの?」
「話が早くて助かる。よくわかったな」
「ディルックの顔が急に優しくなったからね。そうじゃないかと思ったんだ」

 空の指摘にディルックは数度瞬きを繰り返して、やがては観念したようにちいさく息を吐いた。
 彼が身動ぎした刹那、何かがきらりと日光を反射したのが目に入る。光の方向に目をやってみると、彼の手に見慣れない装飾品が握られているのがわかった。あれは確か、細工が細かすぎるとかで量産が難しいと言われていた品だっただろうか――フレダの説明を思い返しながら、ディルックからのオーダーを聞いた。

「近頃、あの子はワイナリーでの活動にとても精力的なんだが……そのぶん、少し疲れが溜まっているように見えるんだ。張り切るのはいいが、それで体を壊すのはいただけない。だから、あの子の疲れを少しでも癒やすために、リラックス効果がとくに高いものを作ってほしい」
「ふむ……他には?」
「そうだな――ああ、花の香りもつけてやってくれ。あの子は花が好きだから」

 それから、とディルックは手のひらを開く。彼の分厚い手のひらからは、予想通り瓶の飾りが現れた。

「できたポーションには、この飾りをつけてほしい。先ほどあそこの騎士から買いつけたものだ」

 言いながら、ディルックはそっと背後に目配せする。彼の視線を辿った先にはフレダが立っていて、帳簿と物資を代わりばんこに見ながら、うーん、と頭を悩ませているようだった。
 空からの視線に気づいた直後には、すばやく顔を上げて敬礼の姿勢をとっていたが――それもすぐに物資とのにらめっこに戻った。どうやら彼女も彼女でひどく忙しくしているらしい。
 フレダとのちいさなふれあいを済ませた空は、再びディルックの手元へと関心を移す。彼の手のひらに鎮座するはセシリアの花を模した装飾品――仮名は確か、「セシリアの花の微笑み」だっただろうか。細工の細かさもさることながら、この絶妙なグラデーションを表現するにはどうしてもコストがかかるらしく、量産はひどく難しいのだという。仮に量産するとしたら素材の質を落とさねばならず、どうしても安っぽい色合いになってしまうのだとか。

(たしかに、ハーネイアの好きそうな造りだ。ディルックってば相変わらず、ハーネイアのことになると――)

 ハーネイアが絡むと途端に様相を変えるディルックは、少し不思議で、おもしろい。
 きっと、これを見てすぐにハーネイアのことを思い浮かべたのだろうな――ひどく微笑ましい気持ちになりながら、空はディルックの注文と、「セシリアの花の微笑み」を受け取った。

「俺に任せといて。きっと、注文通りのものを作ってみせるから」

 自信と誇りを込めてうなずくと、ディルックはひどく満足気に微笑んだのだった。

 
2024/03/23