短編(センリ)

亀裂なんて入らない

 鏡を見るのが嫌いだった。 年をとるごとに母親に似てくるこの顔は、おのれの想い人が――唯一無二の父親であるセンリが他の女と結ばれて、生涯を共にしようと決意し、子を成したというこのうえない証左である。 おのれの存在がひどく疎ましかった。父親を…

燃える闘魂

 パパのたたえる闘志というのは、いうなれば静かに燃える炎だ。 あたしはバトルに臨むときの、パパの真っ赤な瞳が好き。別に目の色そのものが赤く染まるわけではなくて、瞳の奥にある炎さながらの闘志、熱意、気合い、そして愛情すべてをこめたあの瞳が、ま…

ぼくのあたしのプロローグ

 あたしが生まれたあの街は、ジョウト地方のアサギシティ。ホウエン地方からは遠く離れた港町で、船乗りや灯台、市場などなどとにかく活気あふれる街だった。 少し歩けばすぐそこは海岸に面しており、夜になるとチョンチーやヒトデマンが海を照らしてそれは…

生まれたことこそ敗北だ。

※恋愛色強め --- 「じゃあママ、私はそろそろ行くね。家のことは頼んだよ」「はいはい、いってらっしゃい」 ――あたしのママは、パパのことが大好きだ。  パパはたまに帰ってきてもポケモンの話ばかりで、けれどママはそんなパパの話を軽く流しつつ…

夢を託して

 スゥ、とセンリは深く息を吸う。 吸い込んだ空気を丹田まで落とし込み、数拍の後にゆっくりと吐き出した。 閉じた瞳を開き、目の前に鎮座するケッキングを見据える。センリが構えればケッキングも臨戦態勢をとり、やあやあ今こそそのときだと言わんばかり…

欲しかったもの

 それは、ポカポカ陽気の気持ちいい春の出来事だった。束の間の小休止ではないけれど、あたしはふとミシロタウンに立ち寄って実家で羽を伸ばしていたのだ。 そんななんてことない昼下がりのこと、久しぶりに家に帰ってきてテンションが上がってしまったのだ…

追いたくなって

 しんしんと音もなく降り落ちる雪は、ホウエン地方でまみえるのはひどく珍しい銀色にこの世界を染めてゆく。かつて暮らしていたジョウト地方――アサギシティでは雪こそ時おり見えたけれど、住んでいたのが海際ということもあって積もることはほとんどなかっ…

「パパ」だから

「パパ! パーパァ!」 ひょこん、と現れた愛娘の姿にセンリの顔が綻んだ。トウカジムの裏手にある広場で鍛錬を行っていたのだろう、今まさに臨戦態勢に入っているヤルキモノへ静止の意を込めて手のひらを見せる。険しく顔を歪めていたヤルキモノもセンリの…