プロセカ

去っていく僕、隣にいる君

「終わったのか?」 テントの影から、天馬がおずおずとすがたを現す。 一部始終を見守ってくれていたのだろう、無粋な質問を投げつけることはせず、けれどもどこか様子を窺うような目を向けてくる。私はカイトさんが去っていったほうに視線を戻し、小さく息…

最初で最後のさよならを

 カイトさんが息を呑む。いつも優しく細められている目を見開いて、私のことをじっと見ている。 まさか、あのカイトさんからこんなふうに見つめられる日がくるなんて。理由こそとても心苦しいものだけれど、彼の意識が私に注がれているという事実にほんの少…

私だけの秘密

 私はあの日、生まれて初めて初恋の人に会った。 誰よりも特別で、大好きで、焦がれてやまなかったその人――バーチャル・シンガーのKAITOが、あのとき確かに私の目の前にいたのだ。 初めてカイトさんと面と向かって話して、名前まで呼んでもらえて―…

てんやわんやの数時間

 ――頭のなかが、ふわふわする。 なんとなく熱っぽいような、けれど、ひどく満ち足りたような。文字どおり夢見心地なまま、私は重たいまぶたをゆっくりと開く。途端、まばゆく射し込むのは太陽の光――ではなく、おそらく天井に設置されているであろう、か…

あまくて苦い、恋心

 気づけば、私はまったくもって見慣れない場所に立っていた。辺りは子供のおもちゃ箱のように夢いっぱいの景色が広がっていて、私がさっきまで立っていたシブヤではないことだけがはっきりとわかる。 私はいったい、何をどうやってここにやってきたのか――…

曇天のセカイ

「つ、つかれた……っ!」 最終公演が終わり、お客さんのいっさいが見えなくなった、直後。私は衣装を着替える余裕もなくその場に倒れ込んだ。仰向けの状態で見上げるワンダーステージの天井はいつもより高く、広く、ぼろっちく感じる。「たまちゃんっ、お疲…

一世一代の花冠

 本番は、驚くほどに呆気なく、そして無情にもあっという間にやってくるものなのだ―― ワンダーステージの舞台袖に立ちながら、私は期待に満ちたお客さんの声を聞いている。「知ってる? 今日のショーって、新しい人が出てるらしいよ」「聞いた聞いた! …

種をまこうか

「『まさか、こんなところに人が来るなんて――いらっしゃいませ、王子様』……うーん、」 本日は、栄えあるフェニランのステージ脇にて。大切な台本を片手に、私は首を傾げながらうんうんと唸っていた。頭の中にある役柄のイメージと自分のすがたがうまく重…

心に足を踏み入れる

「――と、いうわけで、だ。今から台本を配るぞ」 私にとって初めての練習が、今日、ついに始まる。なんとか平静を装ってはいるが心臓は早鐘よろしく、どくり、どくりとうるさいくらいの鼓動によって、高揚と緊張を実感させられていた。 内心で慌てふためく…

面影を見た

「そうだ、。お前は何か演りたい演目はあるか?」 金曜日の放課後。委員会の集まりを終わらせて昇降口へと降りる途中、天馬が私に訊ねてくる。 今日は家を手伝わなければいけないのでフェニランには行けそうにないと伝えたところ、じゃあ今のうちに、と投げ…

きらめく転機

 私は、ワンダーステージのほうに目を向ける。 他のステージに比べたらひどく古ぼけているというか、錆びついているというか……ところどころにガタが来ているふうではあるものの、同時にひどく大切に取り扱われていたんだろうな、というのが伝わってくる趣…

ワンダーワールド

「フェニックスワンダーランド」という名前には聞き覚えがある……というか、実は、幼い頃に一度だけ遊びに行ったことがある。あれは確か私が小学校に上がるか否かの、まだ母と兄が一緒に住んでいた頃だ。 シブヤで評判のアミューズメントパーク。周りはみん…