原神

ガンダルヴァー村の小さな一大事

 ――コレイがこっちを見てくれない。 何か変なことをしでかした覚えはないのだが、やけによそよそしいというか、挙動不審というか……俺が近寄るだけで飛び上がるし、話しかけてもいつも以上に取り乱して会話もままならないし、すぐに顔を真っ赤にしてどこ…

月明の逢瀬

 それはありふれた夜のこと。誰にも悟られないように、リネは極力気配を消してゆっくりと館の中を歩く。 ただ足音を消して、人の視線をくぐりながら進むだけ――このような小細工などリネットにはお見通しなのだろうが、同じように彼女が厚意で見逃してくれ…

ガンダルヴァー村の隠れた問題児

 先輩のことは尊敬している。ガンダルヴァー村でレンジャードクターとして活動する彼は、かつて共にアムリタで机を並べた同志であり、信頼している先輩の一人だ。 優秀な人間だった彼はそのまま医学者として教令院に残るのかと思われたが、どうやら様々な確…

琉璃百合が揺れる

「ヨォーヨは……今、外してるのか?」 こつん、と軽い足音と共に現れた人影を一瞥するのはピンだった。見慣れた居姿に何を思ったのか、彼女は恭しい客人相手に鼻を鳴らして、珍しく無愛想に答える。「なんじゃ、わざとらしい言い方をしおって。わざわざあの…

冬国の香り

 わたしが璃月へやってきたのはいわゆるただの気まぐれで、それほど大した理由じゃない。 まず、わたしはあの町から――甘くて優しい夢を見せてはそれらをすべて焼き尽くした、あの牢獄から抜け出したかっただけ。しあわせな思い出のいっさいは暴風によって…

あなたに許された世界

 手のひらのうえで揺れる銀色は静かに陽光を反射していて、その鋭い光が暗がりに慣れた目に刺さる。突然視界を覆ったそれに思わず顔をしかめながら、それでもは手をとめることなく、その物体をころころと遊ばせていた。 それは何度か転がしているうちにぽん…

相互

 ――タルタリヤが失踪した。その知らせをわたしにもたらしたのはあの女だった。 わたしに許されなかったメロピデ要塞への潜入任務も、請け負ったのはやはりというべきか、皆に信頼されているあの女だった。 そもそもとして、このフォンテーヌに来て不調を…

今度はすっかり知らん顔

「……何が、ほしいの」 この身を抱え込む両腕へ、ひどく唐突な問いかけをした。  ……あれから。スネージナヤより送られてきた宝の山を二人で仕分けしたあと、幼気な弟妹、気遣わしげな兄姉、優しそうな両親による手紙を確認して――さすがのタルタリヤも…

子供のような横顔で

 たくさんの荷物が届いている。フロントから運ばれたそれらは入り口の扉前をこんもりと占拠していて、少々身をよじらなければ出入りに支障が出るほどだ。 なぁに、これ。口にしてから呆然とそれらを見る。差出人は重なる荷物のせいでよく見えなかったが、あ…

はじまりの楔

 幼い頃に交わした、宝物のような「契約」があった―― その人は、いつもどこか淋しそうに笑っていた。他人が寄りつかないような奥まった場所に暮らし、時おり顔をあわせては、ぼくに向かって笑ってくれる。ぼくはその笑顔を見るたび少しだけ胸が熱くなって…

さいしょの記憶

 正直なところ、わたしは「家族」や「親」というものがよくわからない。自分が他人の腹から産まれた実感が希薄なのだと思う。 それがなぜなのかと言われたら、わたしは物心つく頃には既に一人で、気がついたときにはもう、そばには誰もいなかったからだ。嫌…

後悔

 わたしの命の期限というのは、どうやら人より短いらしい。 それを知ったのはもう何年も前のことだけれど、常人よりも死が近いことを恐れたことは不思議となかった。もしかすると、わたしは自分の命に関してひどく無頓着で傍観的なのかもしれない。 という…