今度はすっかり知らん顔

「……何が、ほしいの」

 この身を抱え込む両腕へ、ひどく唐突な問いかけをした。
 

 ……あれから。スネージナヤより送られてきた宝の山を二人で仕分けしたあと、幼気な弟妹、気遣わしげな兄姉、優しそうな両親による手紙を確認して――さすがのタルタリヤも手紙のすべてをミラに見せることはしなかったが、なぜかテウセルからのとある一文だけは、しっかりと読んで聞かされた。

 ――僕、はやくミラお姉ちゃんに会いたいな。お兄ちゃんの彼女なんでしょ? 今度こっちに帰ってくるときは絶対つれてきてね!

 朗らかな文面とは裏腹の爆弾じみた内容は、ミラから言葉という言葉をすべて奪いさってしまう。
 いつの間にこんなこと、となんとか絞り出したひと言はタルタリヤにはあまり効かなかったようで、彼はずっとけらけらと、おかしそうに笑っていた。こちらをからかうために読み上げたんだと気づいたのは、腹を抱えて笑い転げる広い背中を見たときだ。
 心底楽しそうな首根っこを掴んで問いつめて、どうしてこんなことをしたのかとか、そもそもテウセルには何と説明しているんだとか、その他諸々を洗いざらい吐かせようとして――もちろんうまくはいかなかったのだけれど――その後なんやかんやといつものごとく丸め込まれ、結局そのままベッドのなかへ引っ張りこまれる事態となった。もっとも、さすがの彼もなかなかに疲労困憊であるらしく、今夜ばかりはただ寄り添って眠るだけのようであったが。
 後ろからまるっと抱きすくめられた体は、夏の夜にはいささか不快に感じるほどあたたかい。……ミラが口を開いたのは、そうしてタルタリヤが寝入ろうとしはじめた頃のことだった。
 

「何が、って……もしかして、プレゼントのこと?」

 微睡みのなかにあるなら、いつもみたいな意地悪な物言いはしてこないと思ったから。運が良ければ明日には忘れてくれるかもしれないし、とにかくそれを訊ねるにはこのタイミングしかなかったのだ。
 ただ、タルタリヤの意識はミラが思うよりもしっかりしていたらしく――彼はたくましく鍛え上げられた両腕に力を込め、体の隙間をなくすみたいに思いきり抱きしめてきた。

「誕生日なんでしょ。わたしにできることなんて、そう多くはないけど……少し、くらいは、がんばるから」
「ほんとに? あはは……それはそれは、楽しみだね」

 いつもよりとろみを帯びた語り口は、疲労と眠気が押し寄せていることによるものだろう。ううん、と考え込む素振りも普段に比べて覇気がなく、今すぐ寝込みを襲えば簡単に首を取ってしまえそうである。
 ……もちろん、彼がそんなヘマを犯すとは到底思えないのだが。

「俺は、いつだってミラの全部がほしいけど……そうだな、」

 耳元で気だるげにささやく声が、腹が立つほど心臓に悪い。吐息混じりの掠れたそれが鼓膜から滑り込んでくるせいで、密着する体温も相まり、下腹部がにわかに騒ぎはじめる。

「『好き』のひと言か、君の心か、可愛い可愛い赤ちゃんがほしいって言ったら……君は、どれならくれる?」

 しかし、ゆっくりした言葉とは裏腹に鋭く飛んできた発言が、意識を一気に覚醒させてしまう。思わず飛び起きてしまいそうになった体はがっちりと抱き込まれているせいで自由も利かず、ささやかに身動ぎする程度に留まったが――不自由な体で勢い良く振り向くと、タルタリヤは相変わらずとろりとした顔をして、すぐにでも寝入ってしまいそうなほどリラックスしていた。くすくすと笑う声ですら、ミラの神経をいやらしくなでて去ってゆく。

「あはは、冗談だよ。……気にしないで、俺はミラがそばにいてくれるだけで充分幸せだから」
「そ、そんなの理由になんない! それより今の――」
「はいはい、からかっちゃってごめんね。……ほら、いい加減もう寝よう」

 有無を言わさぬ物言いで、タルタリヤは今度こそ本格的に眠る体勢へと入り込んでしまった。お腹の奥に集まっていた熱は彼の発言によって無事に散っていったようだが、しかし、今度は驚愕という形でミラの眠りを強固に妨げる。
 馬鹿じゃないの、という悪態はもうきっと届かない。ただひたすらくっついた熱が、しっとりとした夜の空気を尚更あたたかくして、触れる肌に汗を滲ませるのみ。
 ……また、わたしばっかり悶々とさせられて、この人は涼しい顔で知らんぷりするんだ。
 いつもそうだ。いつもそうだ。いつもそうだ。いつもそうだ。いつだってミラはこの男にたくさんのものをかき乱されて、身も心もぐちゃぐちゃに作り変えられてしまうのである。

(そういうところが、ほんとにきらい……!)

 悔しさと、やるせなさと、無視のできない腹立たしさで腹の奥を満たしながら、ミラは半ば逃避のようにキツく目を閉じるのだった。

 
2023/07/20