――タルタリヤが失踪した。その知らせをわたしにもたらしたのはあの女だった。
わたしに許されなかったメロピデ要塞への潜入任務も、請け負ったのはやはりというべきか、皆に信頼されているあの女だった。
そもそもとして、このフォンテーヌに来て不調を訴えていたタルタリヤが「神の目」を預けたのも、わたしではなくあの女。
そして――「あの人」の興味関心を奪い、その視線を一心に受けていたのも、他でもないあの女だった。
わたしはいつも考える。どうしてわたしじゃないんだと。「あの人」の隣にいるのも、タルタリヤの「神の目」を預かるのも、メロピデ要塞でタルタリヤを捜索するのも、タルタリヤの記憶をたどるのも、本当は全部わたしがよかった。どうしてわたしは誰にとっての唯一無二にもなれないのだろう。……どうしてわたしは、誰かにとっての一番星でいられないのだろう。
あの女は無意識なのか否か、わたしの人生のあちこちに足跡を残し、わたしの歩むべき道を盛大に踏み荒らしては、「わたし」という存在をめちゃくちゃにかき乱して去ってゆく。
まるでわたしはあの女の踏み台のようだ。否、きっとあの女はわたしの存在なんて認知すらしていなかっただろうから、踏み台どころか路傍の石にも満たないものであったかもしれない。
所詮あの女にとってわたしは取るに足らない存在でしかなく、彼女の人生におけるわたしには役割なんてものすら与えられていないのだから――こんなふうに強い感情を向けているのも、きっとわたしだけだ。
わたしは隣のベンチに座るあの女――蛍を一瞥だけして、噛んだ唇を解放する。
「……これ以上、タルタリヤがあなたに近づかなければいいのに」
わたしが憎々しさを隠さずにそうこぼすと、彼女はあろうことかわたしのほうに首を傾け、そのおおきな瞳でわたしのことを見据えながら、ひどく残酷な言葉を吐く。
……視線が痛い。左方から、まるでちりちりと焼けつくような痛みがわたしを襲っている。
「じゃあ、本人にそう伝えればいいじゃない。どうして私に言うの?」
――正論だ。このうえない真っ当な意見である。
星々を宿したような瞳はわたしからいっさい逸らされることなく、ただひたすらまっすぐに、わたしのことを射抜くようだった。
どこまでも静まりかえった往来は――否、わたしの耳に雑踏が入ってこないだけだろう――このうえなく鮮明にわたしたちの声を届け、何にも阻まれることなく、そのひと言ひと言のありのままを伝える。
きっと、この女は知っているのだ。わたしが「それ」を言えないこと。そして、仮にわたしがそう伝えたとてタルタリヤがこの女と距離を取るはずがないことも、全部わかって喋っている。
否――もしかすると離れてくれたほうが清々する、くらいに考えているのかもしれないが。
「あなた、本当に性格悪いね」
「どっちが。その言葉、あなたにだけは言われたくないな」
「ふん……あなたのこと、本当に嫌い。今まで出会ってきた人間で一番嫌いかも」
わたしの負け惜しみじみた言葉にも、この女は動じない。静まりかえった双眸でわたしのことを見つめていたかと思えば、ちいさなため息だけ残して初めてわたしから目を背けた。
いつもならこのあたりであの小さな白いやつが――パイモンが口を挟んでくるのだろうが、あいにくと今日はお留守らしい。もしかすると諸用で離れているのか、もしくはカフェ・ルツェルンかホテル・ドゥボールのおいしいスイーツでも買いに行っているのだろう。
「心配しないで。私だってあなたのことは嫌いだから」
吐き捨てるようなそのひと言は、わたしの心の奥に深く深く突き刺さり、きっと一生かけても抜くことはできないのだろうと思わせた。
#novelmber 10.役割
2023/11/19