あなたに許された世界

 手のひらのうえで揺れる銀色は静かに陽光を反射していて、その鋭い光が暗がりに慣れた目に刺さる。突然視界を覆ったそれに思わず顔をしかめながら、それでもミラは手をとめることなく、その物体をころころと遊ばせていた。
 それは何度か転がしているうちにぽん、と手のひらからこぼれ落ちて、フローリングの床とぶつかり、小さな金属音を立てる。
 ……まずい。こんなことをしていたら、きっとすぐになくしてしまう。
 一瞬で背筋をぞわりと粟立たせながら、ミラは弾かれるようにしゃがんで銀色のそれを――タルタリヤにもらった合鍵を拾った。
 否、合鍵といっても別に彼の家のものじゃない。これはここしばらく彼と一緒に泊まっているホテルの鍵であり、少々無理を言って二つ貸してもらった、その片割れがここにあるだけだ。
 ただ、共に宿泊している施設の鍵を預けられただけ。常人が見れば何てことはないはずなのに、ミラにとってはこの事実がなんだかひどく嬉しかった。
 少し前は渡してもらえなかった鍵を、自分も持てるようになった。外に出ることはもちろん、ある程度は自由な行動を許してもらえるようになった。前よりもタルタリヤの軽口が増えて、ほんの少し気安く接してくれるようにもなった。
 それらはまるで今の自分を信頼してもらえていることの証左のようにも思えて、無機質なルームキーをいじりながら、この事実――もしくは思い上がりを唐突に噛みしめてしまったのである。
 もっとも、単独行動を許されたからといってすぐに何かができるわけでもなく、今日もこうして誰もいない一室の隅で息を潜めながら、彼の帰りを待っているだけなのだけれど。

「タルタリヤ、早く帰ってこないかな……」

 退屈しちゃったわたしが、部屋の鍵をかけることも忘れてあなたを探しに行ってしまわないうちに。
 窓枠の形に切り取られた世界をカーテンで隠しながら、ミラはほんの少しだけタルタリヤの香りが染みついたベッドに体を預けたのだった。
 

#novelmber 13.鍵
2023/11/21