ポケモン

空とおんなじ君の色

「ね、ね。マリィはお兄ちゃんのどういうところが好きなの?」 わたしがぐんと顔を近づけて言うと、マリィはなんだか面食らったように後退った。普段はあまり動かない眉をほんの少しだけ顰めて、べ、別に好きじゃなか……とバレバレの嘘をついている。「好き…

瞳の奥に想うもの

「よ、おまえはマリィのことをどう思っているんです」 スパイクタウン郊外にて、やけに群がってくるジグザグマをよけながら、ネズは事もなげにそう言ってみせた。妹の恋愛事情に首を突っ込むのはナンセンスだな、と以前二人で話しあったばかりなのであるが、…

君へのエール

「ねえ、お願いがあるんだけど」 控えめな、けれども凛とした呼び声にぼくはゆっくりと振り返った。向いた先にいたのは伏し目がちにもじもじと下を見ていたマリィであって、彼女はぼくの振り返る気配を察知してすばやく顔を上げる。 彷徨っていたらしい視線…

02

 ――今週の土曜な。問題ないで、空けとくわ。 スマホロトムを介して送ったメッセージの返事が来たのは、送信してから数時間後の、静かな夕暮れの頃だった。思えばあの日も人を待たせていると言っていたし、なかなかどうして多忙な身のうえであるのだろう。…

01

 わたしには、たったひとりの弟がいる。 彼はとてもひたむきで、努力家で、時には眩しいくらいの光を放つ。まるで陽光に照らされた雪景色のような子だ。わたしにとっては文字通り世界の中心にも等しく、誰よりも何よりも大切で愛おしい存在である。 あの子…

あまったるくて柔らかな

 チリは迷っていた。来たる二月十四日のあまったるいイベント――街がにわかに色めき立つ、バレンタインデーについて。 他地方出身のチリにはあまり馴染みのない文化だが、どうやらパルデア地方のバレンタインは男性のほうから贈り物をする日であるらしい。…

あなたのためのパンケーキ

 名前を呼ばれるのが好きだ。普段明るくハキハキとした声がほんの少しだけ柔らかくかすれて、あまえたふうに変わる瞬間が。それによって形づくられた、かけがえのないその響きが。「四天王のチリ」は、あまいアメを携えながらも、ことポケモンやバトルにたい…

結局許してしまったわ

 ある朝。チリがリーグ本部に顔を出すと、そこには眉間にシワを寄せてもごもごしているポピーの姿があった。 普段朗らかに過ごしているポピーが顔をしかめているのは少し珍しいことで、彼女と親しくしているチリにそれを見過ごすことはできず、いつもどおり…

もうすぐそこに

「なあ、。また課外授業が始まったって話と――あと、アカデミーに新進気鋭の転入生が来たって話、知っとる?」 唐突に話しかけてきたチリの背中へ、ゆるりと視線を向ける。視界の端に映った観葉植物が少し弱っているように見えて、途端、彼らの肥料を買い足…

おおきくなったね

 結局、あれからあたしたちが祝言をあげることはなかった。別に関係が解消になったとかそういうわけではなく、戸惑いつづけるあたしに対してセキさんが「待つ」という選択をしてくれた、ただそれだけのことだ。 せっかちな性格のセキさんから出た「待つ」と…

充満する匂い

※ちょっとだけ背後注意 ---   おう、。ちっと疲れちまったからよ、そろそろ部屋で休まねえか? その誘い文句に導かれて、あたしはセキさんと二人、私室でひと息ついている。べつに何かがあったわけではなく、ただ二人で過ごす時間がほしかっただけだ…

名前を呼んで

 優しくおだやかなあの声で、名前を呼ばれるのが好きだった。 元々のあたしは、どうやら自分の名前が好きではないらしかった。記憶喪失ゆえに何の理由があってそうなったのかはいっさいわからないけれど、でも、おのれの名前に――今となってはほぼ唯一なく…