君へのエール

「ねえ、お願いがあるんだけど」

 控えめな、けれども凛とした呼び声にぼくはゆっくりと振り返った。向いた先にいたのは伏し目がちにもじもじと下を見ていたマリィであって、彼女はぼくの振り返る気配を察知してすばやく顔を上げる。
 彷徨っていたらしい視線は一変して真っ直ぐにぼくのことを見つめてきて、彼女の肩越しにエール団の皆々様が小さく腕やタオルを振っているのが見えた。物陰に隠れる彼らはおそらくマリィのことを応援しているのだろうが、その声援を察しているのかいないのか、マリィは一世一代の大勝負でも仕掛けるような面持ちでぼくの前に立っている。

「あのさ……あたし、これからアニキに挑戦するの」
「ああ、うん。そうだよね。ジムチャレンジだろう?」
「そう……だからさ、その」

 一瞬。ほんの一瞬ふいに視線を逸らして惑うような顔を見せながらも、マリィはすぐにぼくを見据えてしっかりと言葉を紡ぐ。怖じたようにほんのりと下がった眉から彼女がいま振り絞るような勇気を出していることがありありとわかって、ぼくはこの胸に裂けそうなほどの愛おしさを募らせた。

「マリィが勝てたら……その、一回でいいんだ。デート、してくれる?」

 こてん、と小首をかしげながら言う、その動作は一体どこで身につけてきたのだろう。スパイクタウンを出てのジムチャレンジの経験からか、それとも新しくできた友人からの入れ知恵か。もしも後者ならそのふしだらな輩を少し懲らしめてやらねばならないなと、ぼくはマリィに悟られないよう左の拳を握りしめる。
 黙りこくったぼくに「NO」を感じ取ったのか、マリィは急にしょんぼりと俯いてしまった。ああ、ごめんね、待ってくれとぼくが言うと、マリィは再び顔を上げてこちらを見る。クールかつ無表情なようでいて意外とわかりやすいと思うのは、ぼくが昔からこの子を知っているせいなのかもしれない。

「えっと……一回でいいの? って思っただけ、なんだけど」
「そ――それじゃあ!」
「うん、いいよ。行きたいところ考えておくね」

 そう言ってぼくが笑うと、マリィはあまり上がらない口角をぎこちなく緩めて頷いた。あたし全力でがんばるけんね、絶対絶対応援してね、そう言い残してマリィは走り去る。彼女の後ろをちょこちょことついていくモルペコも同じくぼくに手を振っていて、ずいぶん仲良くなったものだとなんとなく感慨深い気持ちになった。

「……大きくなったなあ、マリィ」

 知己の友人兼ライバルの妹という、近くもなければ遠くもない女の子の成長を前に、ぼくは肩を落としながら小さくないため息をついた。

 
20201016