ジャックジャンヌ

飼い犬のきもち

※背後注意--- いい子ね、。私、あなたみたいに素直な子はとっても好きよ――司先輩の声が鼓膜にこびりついたまま、俺は先日の熱帯夜から未だ抜け出せないでいる。 あの夜以来、俺はベッドに思い切り潜り込んでは悶々と考え込むという困った習慣を身につ…

いぬのおもい

「よし、今日は歌唱の指導をやるからしっかりついてこいよ」「もちろんっす!」 基絃先輩はデキる男だ。この人は二年でジャックエースを張れるくらいには才能溢れた人であり、その程度は個人賞の常連、なおかつ夏公演には銀賞を獲得したという実績にも表れて…

キュートな笑顔に首ったけ?

「ってさー、マジびっくりするくらいお兄ちゃんのこと好きだよねー」 ある休日の昼下がり、学食のスープをごくりと飲み干したときだった。俺の正面でお上品にパンをちぎっている稀が、いささか訝しむような調子で俺に話しかけてきたのである。 さすがロード…

はじまりかしら、終わりかな

「――ん、美味い。やっぱさんのつくる和菓子は別格だな」「あはは、ありがとうございます。でも、おだててもおまんじゅうが一個増えるだけですよ」「マジ? やったね。じゃあ新作もう一個ください」「はいはーい」 冬の新作、「雪だるまんじゅう」に舌鼓を…

真面目だなあ、過ぎるほどに

 静謐な雰囲気すら漂う図書室で聞こえてくる、控えめな息吹の音。ぱら、ぱらりと、呼吸よりもゆっくりと繰り返されるそれは、僕の右方で静かに鳴り響いていた。 ――否、“鳴り響く”なんてほどじゃない。公演の原典を学ぶ創司郎が、熱心に本をめくっていた…

こころに触れる

「――高科先輩。お誕生日、おめでとうございます」 それは、なんてことない夜のことだった。 寮の中庭で夜風に吹かれている高科へ、がそっと声をかけたのである。星のさやけさを邪魔しないよう、つとめて静かな語り口で。 なぜならば、今日は六月十四日。…

20XX年5月15日

 日々を創司郎と一緒に過ごすようになって、果たして何年の月日が経っただろうか。 スマホの画面を見ながらそんなことを思うのは、この数字がリセットされた瞬間が、私たちにとってある種の節目と言える時であるからかもしれない。住み慣れてきたアパートの…

君のその声で

 ――いい名前ですよね、「」って。 とある休日の、午後三時。玉阪から少し離れたワンルームマンションにて、私たちはゆったりとした時間を過ごしていた。大学に通うため始めたひとり暮らしはなかなか不便なところもあるが、こうして二人っきりで好きなよう…

meaning

 ――これ、さんに似合いそう。 思わず手にとってしまったのは、彼女の艷やかなくちびるを思い起こさせる上品な色のリップだった。すぐにでもやってくるだろう秋の香りをまとうそれは、少しくすんだ金髪と、女性にしては低い、響くような優しい声を五感に蘇…

いいやつだね

「同期に白田がいてくれて本当によかった」「え、どうしてですか?」「あいつがいると良いカモフラージュになるんだ」「あ……」「白田は本物の女より可愛い。だからあいつより背が高くて顔立ちの冷たい僕は、相対的に『中性的なジャック』でいられたんだ」「…

君の宝をいただいた

「なあ、立花」「はい?」「白田とか、忍成兄弟とか……ロードナイトの人間を見てると、自分たちの努力諸々が少し馬鹿らしく思えてくるよな」「あはは……それは本当に、先輩のおっしゃるとおりですね……」「ユニヴェールに入ってもう三年目になるけど、あい…

君は傷ついてくれるのか

「立花……ごめん。僕、やっぱりユニヴェールにはいられないみたいだ」 進級をすぐそこに控えた春の日、クォーツ寮の廊下にて。 ちょうど私室に至る道中ですれ違った立花に、僕はまっすぐとそう告げた。今日という日を楽しむためにだ。今までこういったイベ…