蜜月の閒に

雨に語ろう

「ずいぶん静かに降っているわね」 天幕の端で読書に励むが、そうぽつりと呟いた。程よい雨音は集中を阻害することなく耳に入り、心地よい時間をもたらしてくれる。 天窓から見える空はすっかり雨雲に覆われているが、おかげで少し肌寒いくらいの、過ごしや…

今日の佳き日に

 この寝台が体に馴染み始めたのは、果たしていつの頃からだったか――少しずつ日常に溶け込んできたそれのうえで、重たいまぶたをゆっくり開く。 昨日の疲れも抜け切らないまま覚醒したのは、鼻腔をくすぐる乾酪の香りに誘われたからかもしれない。我ながら…

ときの戯れ

 丹念に、丁寧に。慈しむように唇が触れる。薄く開いたのそれに重ねられるのは、熱くて心地よいクロードの唇だ。 つついて、なぞって、かすめては離れていく唇。今度は優しく戯れるように触れて、何かを思い出したようにまた離れて、けれどもすぐに帰ってき…

胸のあかり

「眠れないのか?」 そう声をかけられたのは、まんまるの満月を見上げながら夜風に吹かれていたときだった。寝入っている彼を起こさないように、と注意をはらって寝台を抜けたつもりだったけれど、どうやらうまくいかなかったらしい。 天幕から出てきたばか…

泰平の世にて

「なあ、……無理にとは言わないんだが、俺と一緒に旅に出ないか?」 それは、ひどく唐突な提案だった。 ぽりぽりと頬を掻きながら、目の前の男はにそっと問いかける。ためらうような、照れたような、とても複雑な面持ちはどうにも愛おしいそれで、の頬も自…