ときの戯れ

 丹念に、丁寧に。慈しむように唇が触れる。薄く開いたウィノナのそれに重ねられるのは、熱くて心地よいクロードの唇だ。
 つついて、なぞって、かすめては離れていく唇。今度は優しく戯れるように触れて、何かを思い出したようにまた離れて、けれどもすぐに帰ってきて――そんなことを何度も何度も繰り返しながら、クロードはずっとウィノナの唇をもてあそんで微笑っていた。こんなふうに愛を伝えるようでも確かめるようでもある口づけは、此度の新婚旅行に出てから、クロードが日常的にやっていること。
 今だってそうである。昼餉を済ませて、特に用もないからと二人でのんびりしていたとき、彼のいつもの戯れが始まったのだ。
 もちろんウィノナだってクロードのことを愛しているのだから、触れられることが不快なわけではない。口づけは好きだ。クロードとのものなら。けれど、どうしてこんなふうに頻繁に口づけを求めてくるのかという疑問が沸々としてしまうのは、もはや当然というか、人として仕方のないことではないだろうか。
 疑っているわけじゃない。言ってしまえば、ただの興味だ。

「……ねえ、クロード」
「うん?」
「あなた、ずいぶん口づけが好きになったわね」

 だから、思わず口に出してしまった。どうしてこんなことをするの、なんて訊くのはあまりにも風情がないので、どことなく感心したふうな口ぶりで。
 ウィノナの物言いに目の前のクロードは一瞬目を見開いたが――すぐに、いつもどおりの調子に戻る。ずっと見ていた、余裕のある笑みだ。

「なんだ、俺との口づけは嫌か? 困ったな、せっかくの夫婦の営みだっていうのに」
「まさか。むしろ嬉しいわよ、私だってあなたとの口づけはとても好きだもの」

 言うと、クロードはすぐその笑みに満足そうな色を載せた。目に見えてごきげんなふうでウィノナの腰にまわした手を狭め、ぴったりと体をくっつけてくる。
 ――二人で過ごすんだから、天幕にもそれなりの広さはほしいよな。なに、うちの白竜は力持ちだから、荷物に関しては問題ないぜ――そんなことを言ったのはクロードだが、こうしてひっついてばかりならそれほど広さはいらなかったのではないかと、ここ数日よく思うようになった。
 クロードとウィノナは、お互い適切な距離をとって過ごしていそうなふうに見えて、実はくっついている時間のほうが長かったりするのである。これが「新婚」というものなのだろうかと、ウィノナはたまに考えていた。

「ならいいじゃないか。最愛の妻が傍にいるんだ、いつだって触れていたいと思うのは、男として当然だろ?」

 言う間にも、クロードはウィノナの唇を奪う。真夜中の密事と違って決して深くはならないが、それでも彼が目いっぱいの愛を持って触れてくれていることが、胸の奥に染み渡る。
 これが夜であるなら睦言の合図であるけれど、あいにくと今は真っ昼間だし、寝台のうえであるわけでもない。もちろん、昼間、寝台以外で情事にいそしんだことはある。けれどウィノナのことを気遣ってか、基本的にそういったことは柔らかな寝台のうえで行うことが多かった。
 ……本当に、とても大切にされているのだな。クロードの振る舞いを鑑みるたび、いつも彼の愛を目の当たりにする。
 こんなふうに愛してもらえる自分ではないと思う反面、彼の愛が自分以外に注がれることを考えただけで、この心は嫉妬の炎で激しく燃えあがりそうになる。自己卑下と嫉妬心が胸のうちでせめぎ合って、いつかめちゃくちゃになってしまうのではないかと足元が冷えるくらい、ウィノナの心は彼によっていつもかき乱されていた。
 ――あなたには、私なんかよりもっと清らかなお嬢様が似合うでしょうに。
 ――あなたが私以外に目を向けるなんて、そんなの、いっさい耐えられない。
 相反する感情が、ずっとこの胸に巣食っている。そして、この声を大人しくさせるのもうるさく騒がせるのも、他でもないクロードその人なのだ。

「――まあ、でも、そうね。思えば、あなたは学生の頃からそうだった気もするわ」

 思い返すフォドラでの日々。数節のあいだ演じた、「恋人ごっこ」の戯れ。
 確かに、当時から彼はこんなふうに、折りにふれて口づけをしてきた。何かを確かめるように、はたまた、何かを引き出すように。
 ウィノナにとって宝物にも等しい当時の記憶には、いつだってクロードのすがたがある。とうにわかっていたことだが。

「そりゃあな。男って生き物は、好きな女にいつだって触れていたいもんなんだよ。……なんて、まあ、それはいつも言ってることだな」

 そろそろ覚えてくれよ? うっすらと笑いながら、クロードは再びウィノナの唇を奪う。今度は彼女を黙らせるかのごとく、艶めいた唇を割り裂いて、ゆっくりと口内を犯すように舌を入れた。
 やがてウィノナの腰が抜けるほど情熱的に、言葉を挟む隙間すらないほど圧倒的に。さすがは次期パルミラ王とでも言うべきか、クロードはあっという間にウィノナのすべてを支配した。
 やがて立てなくなったウィノナが崩れ落ちそうになるのを合図に、此度の口づけは終わりを告げる。潤んだ視界には舌なめずりをするクロードの顔があって、生来の負けず嫌いが思わず頭をもたげそうになった。

「もっ……ば、ばか……!」

 凛としたウィノナの口から漏れる、負け惜しみのような拙い言葉。それを耳に入れるたび目を細めるクロードには、やはりどうしようもない悔しさが湧き上がってしまう。屈服させられるのは性に合わないし好きではない。
 けれど、それと同時に彼によって乱されることを望んでいる、彼にならば服従させられても構わないと許してしまう、浅ましいおのれが顔を出すのだ。彼にすべてを奪われたい。彼に、何もかもを占めてほしい。頭の中も、心の奥も、それらいっさいを支配して、彼以外の何も入ってこなくなるくらいいっぱいに埋め尽くしてほしいと、そんなことばかり考えてしまう。

「ほんと、可愛いやつだよな」

 そして、それらことごとくを見透かしたように笑うクロードに何も言えず抱えられてしまう自分が、ひどく情けなくて悔しかった。

 
キスの日っぽいもの。
2022/05/23