短編(世長)

真面目だなあ、過ぎるほどに

 静謐な雰囲気すら漂う図書室で聞こえてくる、控えめな息吹の音。ぱら、ぱらりと、呼吸よりもゆっくりと繰り返されるそれは、僕の右方で静かに鳴り響いていた。 ――否、“鳴り響く”なんてほどじゃない。公演の原典を学ぶ創司郎が、熱心に本をめくっていた…

20XX年5月15日

 日々を創司郎と一緒に過ごすようになって、果たして何年の月日が経っただろうか。 スマホの画面を見ながらそんなことを思うのは、この数字がリセットされた瞬間が、私たちにとってある種の節目と言える時であるからかもしれない。住み慣れてきたアパートの…

君のその声で

 ――いい名前ですよね、「」って。 とある休日の、午後三時。玉阪から少し離れたワンルームマンションにて、私たちはゆったりとした時間を過ごしていた。大学に通うため始めたひとり暮らしはなかなか不便なところもあるが、こうして二人っきりで好きなよう…

meaning

 ――これ、さんに似合いそう。 思わず手にとってしまったのは、彼女の艷やかなくちびるを思い起こさせる上品な色のリップだった。すぐにでもやってくるだろう秋の香りをまとうそれは、少しくすんだ金髪と、女性にしては低い、響くような優しい声を五感に蘇…

いいやつだね

「同期に白田がいてくれて本当によかった」「え、どうしてですか?」「あいつがいると良いカモフラージュになるんだ」「あ……」「白田は本物の女より可愛い。だからあいつより背が高くて顔立ちの冷たい僕は、相対的に『中性的なジャック』でいられたんだ」「…