誰もいないベッドで眠るのは、やっぱり今でも少しさみしい。
アカツキワイナリーで暮らすようになって、ハーネイアはひとりぼっちではなくなった。使用人たちは皆ハーネイアより早起きで、部屋を出れば誰かしらと顔を合わせることができる。誰もがハーネイアに快く接してくれるおかげで、疎外感をおぼえることもない。
この屋敷にいるかぎり、ハーネイアが「ひとりぼっち」を味わうことはないだろう。けれど世界が声を潜めはじめる夜になると話は別で、こうして広い寝室のおおきなベッドに体を横たえていると、どうしようもない寂しさがはらはらと降ってくるのだ。
みんなが元気だった頃――実家で過ごしていた頃は、姉のレイチェルと同じ寝室で眠っていた。怪談話を聞いたときには彼女のベッドに潜り込ませてもらったし、甘えたいときや、兄のバーンズに怒られて落ち込んだときなんかも、レイチェルは優しくハーネイアのことを迎え入れてくれた。
けれど、このワイナリーにそうして甘えられる人はいない。否、もちろんハーネイアが頼めば皆寄り添ってくれるのだろうけれど、一般家庭で育ったハーネイアには使用人との付き合い方などわからないし、どうしても気が引けてしまう。いま一歩の勇気が出ずに足を止めて、そのまま自室に戻ることなど幾度もあった。
(ディルック様は、『いつでも頼ってくれ』って言ってくれたけど……)
大好きな人のことを思い浮かべながら、ごろりと寝返りをひとつ打つ。あの人はとても優しい人だけれど、それ以上に多忙でもある。仮に暇をしていたとて、わずかな休息の時間をこんなくだらないことで消費させるのは忍びない。
……頑張って寝るしかないか。そう決心してハーネイアが目を閉じた刹那、控えめなノックの音が扉のほうから聞こえてくる。
「夜分にすまない。まだ起きているか?」
――ディルック様だ! 大好きな人の大好きな声を聞いて、ハーネイアは飛び跳ねるように体を起こす。
先日贈られた上着を羽織り、乱れた前髪を軽く直してから扉を開けると、こちらを静かに見下ろすディルックと目があう。
「ディルック様……! あの、何かご用ですか」
「いや……とくには何も。ただ、君のことが気になっただけだ」
「わたしの……ですか?」
「ああ。……何か、つらい思いをしているんじゃないかと、少し心配になってね」
眉を下げて笑いながら、ディルックは優しくそう言った。「とんでもない心配性だな、僕は」続ける言葉はどこか自嘲を孕んでいて、胸がぎゅうと苦しくなる。
「そんなことないです……!」行き場をなくしていたディルックの手をとり、無我夢中で告げた。炎の瞳は驚愕に染まり、ハーネイアの言葉の真意を探っているようにも見える。
「ご……ごめん、なさい。わたし、ほんとは少しさみしかった、です」
「そうなのか? それは――」
「もちろん、お屋敷がどうという意味ではなくて……! その、家族のこととか考えちゃったから、です。だから、こうしてディルック様が会いに来てくださってとっても嬉しかったし、さみしいのも吹っ飛んじゃいました……!」
呼吸も忘れて伝えた言葉は、果たしてディルックに届いただろうか? おそるおそる彼の顔色をうかがってみると、ディルックは数度まばたきを繰り返したのち、安堵したように息をつく。やがてぽろりとこぼれたひと言はひときわにあたたかく、ハーネイアの胸の内にやわらかな灯火を与えてくれた。
#novelmber 22.崇拝者
2025/11/30
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