寄り添うように

 ――ねえ信濃くん、お買い物行こ!
 朝食後に食器を片づけていたとき、大将はそう持ちかけてきた。期待に満ちあふれる淡い色の瞳を撥ねつけられるわけもなく、俺はいま、大将と二人でいわゆる「お買い物でえと」と洒落込んでいる。
 ここ最近の大将は、前みたいに俺と接してくれるようになった。一時期の恐怖心はだいぶ和らいでいるらしく、俺としてもたくさん一緒にいられて嬉しい。懐に納まれる機会はまだ少ないけれど、近づくことすらできなかった頃に比べれば何倍もマシだ。

「みてみて、信濃くん! これ、すっごくかわいいよ!」

 ちりめん細工の棚を指差しながら、大将は俺に向かって笑いかけてくれる。
 大将は無邪気だ。否、実際彼女の心中がどうなっているのかはわからないけれど、少なくともいま見せている表情は幼い子どものように純粋で、愛おしかった。
 今の大将は、俺が隣に立っても大袈裟に肩を揺らすことはない。それだけで俺はひどく嬉しくて、この距離感を噛みしめてしまいそうになる。

「ほんとだ、すっごくかわいいね。椿に、あやめに、撫子に……ああ、紫陽花もある」
「お花畑みたいだよね。……あたし、このピンクの花にしよっかな。信濃くんはどうする?」
「俺? 俺は……そうだなあ――」

 俺の手は、まるで誘われるように「それ」の元へと伸びた。
 ……桜だ。桜は刀剣男士の象徴ともされる花で、嬉しいときや気持ちが高ぶったときに舞う花びらもそうだし、うちの本丸にも大きな桜の樹が植えられている。
 おそらくどんな刀剣男士にとってもこれは特別な花なのだろうけれど、中でも俺にとってはひときわ思い入れのある花だった。

「これにしようかな。大将の髪飾りとおそろいだよね」

 言いながら、桜の細工を大将の髪に近づけてみる。毛利によく似た若草の髪に淡い桜の色はよく映えて、まるでこのために設えられたかのようにも見えた。
 肝心の大将は呆気にとられたように何度か瞳をしばたたかせていたが、のちに髪飾りにも負けないくらい思い切り頬を染める。言い訳のように紡がれる言葉は支離滅裂と言うにふさわしく、誰が見ても取り乱していることがわかるだろう。

「かわいいね、大将は」

 ――こんな日々がずっと続けばいいのに。せめて大将の命が枯れ落ちるそのときまで、こうして隣で笑っていたい。大将の行く末を一番近くで見守っていたい。誰にも脅かされない立ち位置で、叶うならば片時も離れずに。
 ……なんて言ったら、大将のこと困らせちゃうかな。喉の奥から飛び出そうになった言葉を既のところで飲み込んで、俺は細工を大将の手のひらに乗せた。細くて華奢な手のひらのうえには、花梨と桜のちりめん細工が寄り添うように並んでいる。

 
#novelmber 23.多幸感
2025/11/29

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