「先輩の家って、本当に何回見てもひどいよね……」
外部からこの惨状が目に入らないことだけが救いだろうか。ため息混じりに足を踏み入れながら、ティナリは吐き捨てるようにつぶやく。
家の主は気まずそうに目をそらし、乱れきった家中をひっくり返している。ああ、そんなふうにするからどんどん散らかっていくんじゃないか……!
「先輩、部屋を片づけたいの? それとも散らかしたいの?」
「はは……さ、捜し物をしてるはずなんだが」
「それにしたって――あーもう、僕も手伝う。先輩はあっちをお願い」
「はい……」
背中を丸めてちいさくなったダスラを見送りながら、ティナリは意を決して腐海に手をつける。念のためマスクを持ってきたおのれの周到さに感謝しながら。
ティナリがダスラの元を訪れたのは、見習いレンジャーの指導を手伝ってもらうためだった。
本人はいつも否定するが、ダスラはレンジャーとしてのみならず、指導者としても高い能力を持っている。ゆえにティナリは生論派の頃から彼のことを慕っていたし、それはコレイを筆頭に、見習いレンジャーたちの総意でもあった。
しかし、どうやらダスラ本人にはこの事実が見えていないらしい。閉ざされきった彼の心には、皆の声はなかなか届かなかった。……その歯がゆさは、ティナリの舌打ちの数を平均して二回ほど増やしている。
ダスラという男は、優秀なくせにどこか要領の悪いところがある。たとえば、いま目の前に広がっているこの腐海だ――本人は必死で隠しているが、彼の家はため息なんかじゃスルーできないほどに散らかっている。それはもう、本当に。ティナリからすればどうやって生活しているのかもわからないレベルなのだが、そのくせダスラはいつも身だしなみが整っているし、清潔感も申し分ない。なんなら、隣にいると妙に良い香りがするくらいだった。
そんなダスラが「今日の指導に使うはずだった道具が見つからなくて……」と言い出したのが、十分ほど前のこと。なかなか見つけられない彼にしびれを切らしてティナリが捜索に参加したのが、ついさっきのことである。
ダスラの部屋には様々なものが転がっている。たとえば、空っぽになった薬の瓶。書きかけの論文や、使い古された医学書。それから、村の子どもにもらったであろうお礼のぬいぐるみ――もっとも、謝礼品や薬品などはこの腐海のなかでも整頓された区画に隔離されているので、医者としての体裁や矜持はギリギリ保てているようだ。
「……ん?」
――かさり。医学書の山を棚に並べている最中、「それ」は滑り落ちてきた。劣化してやや黄ばんでいる紙切れが数枚、どうやら書籍の隙間に挟まっていたらしい。
こんなものを確認している暇などないというのに。なぜだかティナリの興味関心は薄ったいそれにまんまと吸われ、誘われるようにその場へとしゃがみこんだ。バラバラになったそれらを丁寧につなぎ合わせ、記された文字をたどる――
(これは……もしかして、サティ先輩の……?)
そこにあったのは、幼い子どもが書いたであろう拙い夢物語だった。
――いつか、兄さんといっしょにたくさんの病気をなおすんだ! 夢と希望に満ちあふれた一文で締めくくられたそれは、ティナリにとってあまり馴染みのない筆跡で残されている。
色褪せたはずの紙切れなのに、なぜだかそれは妙に輝いて見える。子どもの希望が詰まっているからだろうか? 隅から隅までを埋め尽くしているのは、この文字をしたためた少年がまっすぐな心根を持ち、実の兄を誰よりも尊敬しているという事実だった。
ティナリは、ダスラとサティの双子がどのような運命を歩んでいるかを知っている。ダスラが弟をひどく嫌悪し、サティが兄を敬愛していることも。
この紙切れはまるで遅効性の毒だ。無関係な青年の心を蝕み、マスクの下に隠れた薄いくちびるを噛ませた。
――元に戻しておこう。これを見つけたダスラの気持ちを思うといたたまれないが、勝手に持ち帰るのも忍びない。ティナリは再び書籍の山を手に取り、それらを本棚に収納していく。背後から飛んでくる「見つけた……!」という歓喜の声に、人知れず胸を撫で下ろしながら。
いい双子の日ですね
#novelmber 32.復元
2025/11/25
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