「あら! ウェルテルさん、今日は社内でお仕事なのね。一緒にいられて嬉しいわ」
見るからに興味津々といった調子で話しかけてきたシャルロットに、ウェルテルはため息で応える。
別に、彼女のことが嫌なわけじゃない。なんと返せばいいかわからなかっただけだ。ウェルテルは握りっぱなしでぬるくなったペンを机に置き、机上にある紙の山と数冊の辞書を見渡した。あまり気は進まないが、休憩がてら彼女と話してみるのもいいかもしれない。
「これは……うちの原稿と、辞書? フォンテーヌ語とモンド語の二種類があるわね――ウェルテルさん、モンドの言葉がわかるの?」
「……翻訳と校正の手伝いだ」
「翻訳!? まあ、すごいじゃない! さっすが私のボディガード!」
「うるさい」
瞳を輝かせながら身を乗り出してくるシャルロットの頬に、彼女が提出したと思しき原稿を突き出す。もちろん、できる限り傷がつかないよう注意をはらって。
突然視界に飛び込んできた紙束に、シャルロットは面食らったようだった。ぎゅうぎゅうに敷き詰められた文字の羅列を眺める彼女は、溌剌としていた表情をにわかに暗くする。……否、暗いと言うか、苦いと言うべきか――
ウェルテルの言わんとしていることを理解したのだろう。やがてがっくりと肩を落としたシャルロットは、すごすごとおのれの机に戻っていった。彼女の背中を見送る記者や編集者は、皆それぞれ複雑な顔をしている。
「おかしいわね……誤字も脱字も、提出する前にちゃんと確認したつもりなんだけど」
「つもりになってるだけだ。現にお前の原稿にはふた桁の誤字、脱字、衍字……あとは言葉の誤用が見られる。印をつけておいたから確認してくれ」
「うう……この子たち、絶対あとから生えてきたのよ――」
ぶつくさ文句をたれながら机に向かうシャルロットを横目に、ウェルテルは原稿の山とにらめっこを再開する。先日ユーフラシアにモンドの言葉がわかると伝えたところ、ならば試しにと振られた仕事だったが、これが意外とおもしろい。作業に集中していると余計なことを考えずに済むし、水の上の人間の暮らしを観察する良い機会でもある。
同僚たちに良くも悪くも絡まれたり、ユーフラシアから生暖かい視線をいただいたりすることはいささか気になるが――やがてそれはウェルテルの日常となり、机の上に彼や仲間たちの私物が増えることになるのだった。
#novelmber 9.翻訳
2025/11/22
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