答え合わせは一年後

「そういえばさあ、知ってるか? 今日ってイーブイの日らしいぞ」

 口を開いたのはテルだった。彼はご機嫌でヨヒラにじゃれつくニンフィアを見ながら、思い出したように言う。
 彼の隣で腰を落ちつけているノボリもまた、感慨深そうにうなずいた。「わたくしも聞いたことがあります」と。
 首を傾げているのはヨヒラだけだ。彼女のまばたきが増えた理由を察してか、ノボリはテルの言葉を補足する。

「今日は十一月二十一日ですから。語呂合わせで『イーブイ』と読めることから、それにかこつけて各駅で様々なイベントが催されていたと記憶しています」
「そうなの……? あたし、全然聞いたことないけど……。少なくとも、コンゴウ団ではそういうのやってないかも」
「たしかに、コトブキムラでも見ないなあ」
「言われてみれば、シンジュ団でも……」

 三人の頭上に疑問符が浮かんだのは、ほぼ同時だっただろう。どうしてテルとノボリは「イーブイの日」を知っているのか? このヒスイ地方で、一度も見たことがないのに。
 再びテルは口を開く。「これも、おれが無意識に持ってきた記憶なんだろうな……」
 
 テル、ノボリ、ヨヒラの三人にはある共通点がある。それは、みな時空の裂け目を通ってこのヒスイ地方にやってきたこと。そして、ここに来る前の記憶をほとんど失っているということだ。
 記憶喪失ではあれど、箸の使い方や一般常識など、日常生活における最低限の知識は身についたままだ。先ほどの「イーブイの日」のように、無意識に残っている記憶の欠片も存在する。
 こうして三人で集まっているのは、その記憶の欠片をたぐり、それぞれの輪郭をはっきりさせるためだ。断片的なそれらを集めていけば各々の過去を知るとっかかりになるのではないかと、不定期的に集まっては情報を共有したり、のんびりとお茶を飲んだりする。ちなみに、今日は後者である。
 しかし正直なところ、ヨヒラはおのれの過去にあまり関心がなかった。――否、むしろ「なくなった」と言うほうが正しいか。断片的な記憶をたどるたび、なぜだか恐怖心が募る。それらはやがて嫌悪へと変わり、過去にたいする興味関心をすっかり薄めてしまったのだ。
 とはいえ、テルやノボリがそうでないことは理解している。彼らはきっとおのれのルーツを求めているのだろうし、であればできるだけ力になりたい。ヨヒラにとって二人は友人と呼べるくらいの存在だし、似た境遇を持つ彼らと共にいると、コンゴウ団では決して得られない「仲間意識」をうっすらと感じることができる。

「せっかくだし、ヒスイでも広めてみます? イーブイの日。セキさんとかカイさんとか、イーブイの進化型を持ってる人も多いし」
「それは名案ですね。であれば、シンジュ団の方々にはわたくしのほうから。隅から隅までお伝えしましょう」
「じゃあ、コトブキムラはおれの担当だな。ヨヒラも頼んでいいか? ……ヨヒラ?」

 思い切り顔をのぞき込まれて、ヨヒラは思わず背筋を伸ばす。テルも、ノボリも、さっきまで撫でていたはずのニンフィアでさえも、気遣わしげにこちらを見ていた。
「ご……ごめん、なんの話だっけ……?」ヨヒラが訊ねると、二人は優しく丁寧に、「イーブイの日」についての結論を説明してくれる。彼らの話に頬をはたきながらしっかりと耳を傾け、提案にもうなずいた。

「コンゴウ団の人は、時間や日付を大事にしてるし……もしかしたら、来年にはすっかり定着して、特別なイベントとか始まってるかもね」
「はは、そりゃいいな。……じゃあ、今日はこのへんで解散すっか。イーブイの日がどれだけ根づいてるか、答え合わせは来年ってことで」
「いいですね。ヒスイ地方全土に広がっていることを願いますよ」

 
イーブイの日ですね
#novelmber 4.同時
2025/11/21

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