夕暮れクラウドウォッチング

 ナタネが待ち合わせ場所に到着したとき、シラシメはぼうっと空を仰いでいた。
 ターコイズの瞳に映るのは、少しずつ夜に染まろうとしている夕暮れだ。まるで時間のすべてをおさめたようなその色に、思わず足を止めてしまった。
 おだやかなようでも、無機質にも見える横顔。掴みどころのない彼の視線がぐるりとこちらを向いたとき、ナタネがついひるんでしまったのは言うまでもない。

「お疲れ様です、ナタネさん」
「あっ――ご、ごめんね、またせちゃって! 退屈だったよね……!」
「うん? ぜーんぜんですよ。ナタネさんのために使う時間が退屈なわけないじゃないですか」

 言いながら、シラシメは先立っての無機質さを放り捨てるように笑う。年相応に見えるそれと物言いのギャップに言葉を失うナタネを、シラシメは変わらずの笑みで見守っている。……こういうときは、いつまで経っても悔しいものだ。
 
「あ……と、あたしのこと待ってくれてるあいだ、ここで何してたの?」

 なんとか話を逸らしたくて口を開く。
 今日の待ち合わせ場所は、ハクタイジムの裏側にあるちいさな公園だった。お互いの退勤時間が近いことを知り、共に帰ろうと決めたのが今日のお昼休み。その後、飛び入りのチャレンジャーによって待ち合わせに遅れる旨のメッセージを送ったのが、今からちょうど一時間ほど前のことだった。
 ナタネからはカフェなりなんなりで時間を潰しておいてくれと頼んだのだが、バトルが終わってスマホロトムを確認したとき見えたのは、変わらず公園で待っているという内容の返信だった。直後、ナタネがちいさく悲鳴をあげて、傍らで休んでいたナエトルを驚かせたのは言うまでもない。

「うーん……そうですねえ。強いて言うなら雲を見てました」
「雲を?」
「はい。風の強い日だと、雲の流れていくさまが結構しっかり見えるんですよ。あとは、たとえば飛んでるヤミカラスを数えたり……『あの雲ナタネさんに似てるな』とか、『歩こうとしたら足が抜けるのかなあ』とか、『雲の上でかくれんぼしたらチルットは最強だろうなあ』とか……色々考えてたら、時間なんてあっという間に過ぎちゃって」
「せっかちな人が聞いたら倒れちゃいそうだね……」

 シラシメが顔を上げるのにつられて、ナタネも共に空を見る。ずいぶん暗くなってきたせいで雲のかたちは見えづらかったが、たしかにこうしていると、バトル続きで疲れた心と頭が癒やされるような気がする。あそこに見えるチェリンボそっくりの雲なんて、思わず写真を撮りたくなるほどだ。
 そうして隣で雲を眺めていると、シラシメの手がそっと伸びてくる。指と指を絡め合うようなそれに無言のまま応えてやると、冷えた手のひらにほんの少しだけ力がこもった。
 ――くしゅ。顔を覗かせはじめたあまい空気は、シラシメのくしゃみによってかき消される。こんな時間まで外で待っていたのだから、体が冷えるのは当たり前だ――
 ナタネがおのれのマフラーを首に巻いてやると、シラシメはどこか照れくさそうに笑う。ふにゃふにゃのたれ目がひときわ下がるその表情が、ナタネはひどく好きだった。スボミー柄のマフラーを口元に持っていったおかげで、その愛おしさはひときわ増しているかもしれない。

「風邪ひく前に急いで帰ろ! 今度のお休みの日、お庭でゆっくり続きしよっか」
「お、いいですねえ。すごく楽しそうだ」

 
一日遅れですがBDSP4周年おめでとうございます……!
#novelmber 17.急いで
2025/11/20

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