……なんだか視線を感じる。否、二人で出かけているのだから見られるのは当たり前だが、それにしたってあまりにも、ガン見しすぎではないだろうか。
左方から刺さるマサルの視線に、リナリアは冷や汗をかいていた。人知れず背中に流れるそれが新品のワンピースに染みるのを気にして、ほんの少し背筋を正す。
挙動不審な彼女に、マサルの視線はひときわ強くなった。汗ばんだ手のひらに握られたモモンソーダは、すっかりぬるくなってしまっているだろう。
「ご……ごめんね、マサル。どうして、そんなにわたしのこと見てるの……?」
辛抱たまらず問いかけると、マサルは大げさなため息を吐く。期待はずれとでも言いたげなそれにリナリアの冷や汗が増えたのは言うまでもないが、マサルもおのれの無作法に気づいたのか、すぐに謝ってくれた。きりみチップスをかじる口元は、どこか気まずそうである。
「……本当にわからない?」
「えっ? え……ええと、うん……」
変に取り繕うと逆効果なのは明白なので、躊躇いながらもすなおに答える。
マサルはあからさまに肩を落とし、瞬きの数はサングラス越しにもわかるほど増えた。今度はリナリアのほうが謝る番だ。
「……一年だよ」しかし、リナリアの謝罪を遮るようにマサルがぽつりとつぶやいた。「何が……?」おそるおそる訊ねると、マサルはくいと眉毛を上げて、カップを握りしめるリナリアの手を片方だけ奪っていく。ぎゅう、と強めに握られる手のひらは熱く、ソーダによって冷えた指先も、すぐにあたたまってしまいそうだ。
「ぼくたちが二人でシュートランドに遊びに行ったのが、ちょうど一年前の今日。つまり、お付き合いの記念日みたいな」
「あ……ッ!」
予想外におおきな声が出たせいで、一気に周りの視線が集まる。――やってしまった! 人々がマサルの正体に気づかぬようそそくさとその場を離れ、路地裏へと隠れる。
「ごめんなさい……」何度も謝罪を口にする自分がひどく情けなかったが、今回ばかりは正当な謝罪だろう。マサルもリナリアの謝罪を追求することはなく、ただそのまま受け入れてくれた。
「でも、てっきりリナリアも覚えてるものだと思ってたよ。そのワンピース、見たことないやつだし……気合い入れてるのかなって」
「え……き、気づいてくれてたんだ」
「当たり前でしょ。よく似合ってるよ、エルフーンのワンピース」
言いながら、マサルはわざわざサングラスをずらして微笑みかけてくる。そのせいでせっかく褒めてくれたワンピースの裾がしわくちゃになってしまったけれど、きっと彼にはわからないことだ。
……そうか。記念日だから、わざわざこうしてデートに誘ってくれたんだ。
ふと、ここ一週間を振り返る。突然メッセージを送ってきたマサルと、とんとん拍子で立ったデートの約束。その結果、今日はバウタウンでのんびり食べ歩きデート中だった。
マサルは未だに涼しい顔で表通りの様子をうかがいながら、先ほど買ったきりみチップスを口に放り込んでいる。リナリアの胸に募るのは記念日を失念していた罪悪感と、覚えてくれていたことへの愛おしさ――それから、素知らぬ顔で振る舞う横顔への、ほんの少しの悔しさだ。わたしだって、マサルのことをドキドキさせてやりたい……!
少しだけ背伸びしたリナリアがマサルの頬をねらいうちするのは、あと三秒ほど未来のことだった。
#novelmber 20.逆転
2025/11/16
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