キョジスキ

「ありがとう、キョジオーン。いつも助かってるわ」
「キョジスキ!」

 キョジオーンから受け取ったトレーの上には、コーヒーの入ったカップがふたつ。緑と水色のそれは同棲を始めたときにお揃いで買ったもので、チリにとってもヴィーシニャにとっても、ひときわのお気に入りだった。
 ヴィーシニャのキョジオーンは、体躯にそぐわぬ器用さで家事や作業を手伝ってくれる。進化して自由な手足を手に入れたことをきっかけに何倍も積極的になった彼女を尊重していたら、いつの間にやらキョジオーンとは思えぬほどの技術を身につけていたのである。
 特に彼女の淹れるコーヒーは絶品で、これにはヴィーシニャのみならずチリも絶賛するほどだった。時おり指先から削れた塩が入ってしおからくなるときもあるが、それもご愛嬌として二人は受け入れている。「キョジオーンの塩はミネラル豊富って言うしなあ」とチリが笑ってくれたのは、確か同棲を始めてひと月も経たない頃のことだったろうか。

「ん、あんがとさん。……そんでな、チリちゃんもうちょいしたらトップと一緒に出張せなあかんねん」

 チリはおのれのぶんのコーヒーを手に取り、ゆっくりと口に運びながらそう言う。
 彼女の表情を見るに、今日のコーヒーに塩のトッピングは追加されていないようだ。ソファで書類とにらめっこしていた彼女の隣に腰かけ、ヴィーシニャも同じようにコーヒーをいただいた。
「それで……今度はどちらに行くの?」ヴィーシニャが尋ねると、チリはカップをテーブルに置きながら、答える。
 
「イッシュ地方やってさ。知っとる? ブルーベリー学園。なーんかな、トップのお守りとして同行することになってもーて」
「あら……そうね、確かにあの人を一人で行かせるのは少し心配だもの」
「そーゆーこと。あーあ、ほんまはシーナも一緒に連れていきたいんやけどなー。こればっかりはどうしようもないわ」

 言いながら、チリはそっとヴィーシニャの肩を抱いてくる。もちろん、カップを手放したタイミングで。
 ヴィーシニャがチリの仕事について、細かく尋ねることはない。お互い公私混同はしない主義であるし、家族として共有すべきこととの線引きはきっちりしている。双方のスタンスが噛み合っているからこそ、チリもこうしてフランクに情報を共有してくれるのだ。
「大丈夫よ、留守番くらいできるわ。みんなと一緒に待ってるわね」そう答えると、肩に添えられたチリの手のひらにぐっと力がこもった気がした。それがチリの愛情ゆえか、歯がゆさ、もしくは寂しさを湛えたものなのかは、彼女の言葉を聞くまでわからないが――いずれにせよ、そのどれもはヴィーシニャにとってひどく心地の良いものである。

 
#novelmber 34.言葉、本
2025/11/15

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