たまごのようなあの人

 屋敷相応の広さを持つ畑を前に、本日の畑当番はそれぞれ正反対の顔色をしている。
 作業に乗り気の毛利と違って、信濃の顔はいささか渋い。広い畑を前にため息が増えている兄弟を宥めつつ、毛利はせっせと手を動かしていた。
 畑の世話をするのは好きだ。他の内番と比較してもより小さい子たちのためになるし、すくすくと育つ作物を見守るのは落ち着く。

「ほら、頑張りましょう。僕たちが頑張れば小さい子――もとい、みんなにも喜んでもらえますし、主さまにもおいしいごはんを食べさせてあげられますよ」
「大将にも……」

 毛利の説得が効いたのか、信濃は渋い顔のままクワを手に取る。彼の脳裏によぎっているのはかつて庄内で見た人々の暮らしか、もしくは最近小綿がハマっているスローライフゲームの一幕だろう。
 なんとか畑に向きあってくれた信濃を見守りながら、毛利もおのれの作業に手をつける。そうして各々が働きはじめた頃に、神妙な声色で話を切り出したのは信濃だった。
「毛利ってさ……」相づちの代わりに沈黙を返してやると、クワが畑に刺さる音と同時に、彼の吐露じみた声が届いた。

「大将との付き合い、長いんだよね」
「そうですね。主さまの初めての鍛刀で顕現したのが僕ですから」
「じゃあさ、大将の名前――本名とかも、知ってたりするの?」

 ……なんだか、きな臭くなってきた気がする。視線だけで信濃のほうを振り返るも、毛利のいる場所から彼の表情は見えなかった。
 信濃と小綿の関係――もとい、小綿が信濃にどんな感情を抱いているかを、毛利はよく知っている。ゆえに少しはぐらかしておくほうが良いかとも思ったが、しかし、ここで変に嘘をつくのはどちらに対しても誠意のないことだ。素直に真実を告げることを決め、毛利はせめて空気が柔らかくなるよう、微笑みのかたちをとる。

「ええ、知ってますよ。……ああ、もちろん僕たちから聞き出したわけではなくて、主さまのほうから口になさったんですけど」
「そうなの……? でもそれって、ちょっと危ないんじゃあ」
「そうですね。ですから、これからはお控えいただくよう、僕と山姥切さんでお願いしました。……審神者になって間もない主さまは、本当に何も知らない幼子のようで――」

 目を閉じると思い出す。当時、まったくの世間知らずだった彼女のことを。
 ただ才能を見出されたから、というだけで審神者になることを決めたらしい小綿は、何もかもが無知であり、生まれたてのたまごさながらだった。朗らかな振る舞いの裏側に覗く暗がりも、今よりいささか濃かったように思う。
 そうして、山姥切と毛利の二人で様々なことを教えた。本来なら審神者こそが導く立場であるはずなのに、どうやら自分たちは少し特異な関係性を結んでしまったらしい。あまりに異例な日々はわからないことも多かったが、毛利にとっては唯一無二、輝かしい歴史のひとつである。
 本丸のことを教える代わりに授かったのは、彼女の好む「ゲーム」や現代技術の知識だった。しかし小綿はそういった情報交換もどこか不器用であどけなく、そんな側面を見てきたからこそ、毛利にとって彼女は「小さい子」たる存在なのである。

「だから僕は主さまの――って、うわあっ!?」

 言いながら、毛利は足元がひどくぬかるんでいることに気づく。原因は自分が持っていたホースとバケツに他なくて、話に夢中で水が溢れていることに気づかなかったせいだ。
 毛利の大声に振り向いた信濃は、クワを片手に呆れと不満がないまぜになった表情を浮かべた。そうしてぽつりとつぶやくのだ、「毛利ってほんとずるいよなあ」と。

 
#novelmber 6.滴る
2025/11/11

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