しあわせの調味料

近親愛要素有
オリ地方要素有

 

 

 ムックルのなきごえを聞きながら目覚める朝にも、近頃はずいぶんと慣れてきた。寝起き一番にスマホロトムで時間と通知を確認して、寝返りを打ち、隣でおだやかな寝息を立てる片割れのつむじを眺める。それがユウキの毎朝のルーティーンだ。
 チイロはぐっすりとねむっている。少しだけ体をずらして顔を覗いてみると、幼い頃とほとんど変わらないあどけない寝顔があらわれた。出来心で頬をつつくが、やはり起きる気配はない。

(――よかったな。チイロのこと、追いかけてきて)

 ぼんやりとした頭で、このカバタ地方にたどり着くまでの道のりを思い出す。
 ホウエン地方のチャンピオンという立場を捨ててここまでやってきた。わずかな手がかりを必死で手繰り、五年もの歳月をかけて、なんとかここまでたどり着いた。
 失ったものは多いけれど、しかし、それ以上に失いたくなかったものがここにある。噛みしめるようにチイロを抱きしめると、腕のなかのぬくもりはちいさな身じろぎを見せた。

「……ん」
「あれ、起こしちゃった? ごめんな」
「うん……んーん」

 あまえるように体をすり寄せてくる片割れが、愛おしくてたまらない。
 今日のチイロはあまえんぼなようだ。ユウキはにやける顔面を抑えることもせず、そのまま思い切りチイロのことを抱き込んだ。少々無遠慮だったせいか、腕のなかからはいささかご不満な声が聞こえてくる。
「くるしい……」本来ならそのまま抱きしめて二度寝としゃれ込むところだが、強めに胸板を押し返されてしまったら話は別だ。しぶしぶ体を離してやると、わずかに頬を膨らませたチイロと目があう。恨めしそうなその目つきに苦笑いが漏れるものの、今のユウキには、責めるようなその視線すらもしあわせの調味料でしかない。
「ごめんって……」にやける頬をそのままにしてしまったせいか、きっとユウキの謝罪はひどく軽々しい響きを持っていただろう。

「ほんとに悪いと思ってる……?」
「思ってる、思ってますって! ……ほら、嘘ついてるような目には見えないだろ?」
「あやしい」
「う……はは、ごめんな。オレ、なんか嬉しくてさ」
「うれしいぃ……?」
「チイロの寝顔を見ながらさ、色々考えちゃったんだよ。ここに来るまで大変だったなとか、チイロのこと、諦めなくてよかったなとか……」

 寝起きのとろけた頭から出る釈明は、果たしてチイロに届いただろうか? 我ながら要領を得ない説明の自覚はある。
 しかし、受け取り手も受け取り手で寝起きなのは同じだ。場の空気に流されたのか、チイロはどこか満足気に鼻を鳴らして胸板に額をくっつけてきた。

「あたしも……」
「うん?」
「あたしもさ、嬉しいよ。ユウキが、ここまで来てくれて――」

 言いながら、チイロはするりと体を擦り寄せてくる。……まるで、夜のお誘いのときみたいに。
 寝起きの鈍った頭も相まって妙に下半身が重くなったが、少しずつ近づいてくる足音が今にも暴走しそうな体をなんとか落ち着かせてくれる。
 あの足音はチイロのジュカインに違いない。そうして思い出すのだ、今日は午前中にチャレンジャーがやってくる日だと―― 

 
#novelmber 16.手放す
2025/11/10

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