違和

 もやもやが胸を支配するたび、ミアレの屋上にのぼっていた。
 たとえばそれは、ちょっと嫌なことがあったとか、妙にストレスが溜まっているとか、そういうのだ。なんとなくすっきりしない気分のときこそ屋上にのぼる。のぼる場所はどこでもよくて、それこそホテルZの屋上とか、ワイルドゾーンのど真ん中とか、手当たりしだいと言われても相違ないレベルで、きまぐれに場所を選んできた。
 理由としてはたんじゅんで、ミアレの広々とした街を見ていると、おのれを取り巻くすべてが些事のように感じられるからだ。どこまでも続くミアレの街並みの向こう側には、もっともっと広大でのどかな自然が広がっている。その雄大な景色を見ながら爽やかな風に吹かれたり、ふよふよと漂うフラベベと戯れたりしていると、気づけば悩みやストレスなんてすっかり忘れてしまっているのである。
 それがアルトラのストレス解消法だった。故郷のサンヨウシティではなかなかできなかったことだ。
 今日もそうだ。バリスタ修行とZAロワイヤルを両立する傍ら、おのれの心身に疲労が蓄積していた自覚はあった。先日キョウヤと一緒にさん茶を飲んだおかげで多少は回復していたけれど、やはり心のどこかには妙な疲労感と虚無感が残っていたらしい。
 ――今日はリフレッシュする日にしよう! そう決心してたっぷり朝寝坊したあと、まず立ち寄ったのはハンサムハウスだった。ここにはマチエールがいる。年も近い彼女はアルトラにとって唯一無二の友人であり、聞き上手な彼女と話すと疲れなんて吹っ飛んでいくのが常だった。
 しかし今日はあいにくと仕事で多忙だったらしく、長居するのが憚られたので早々に切り上げ、屋上を目指すことにした。ちょうど、ここの近くにずっと目をつけていたハシゴがあったからだ。
 ハンサムハウスを出て最寄りのバトルコートへ向かう道中、フェンス越しに長いハシゴか見えるのだ。それが、今日のアルトラのターゲットである。
 意を決して建物の壁面をのぼり、屋根の上へと降り立つ。ハシゴのすぐそばは柵が設置されておらず、スマホロトムを握る手に少々力がこもってしまったが、すぐ近くに柵のある通路を見つけられたので、風に煽られないうちにそちらへと走った。
 正面に見えたオヤブンシュシュプを横目に、通路を歩く。……やはりミアレの景色は格別だ。果てしなく広がる街並みは悠々としていて気分が落ち着く。遠い景色に思いを馳せながら深呼吸していると、街灯の上に停まるヤヤコマや路地裏に潜むニャスパー、ゴミ捨て場に集まるヤブクロンなど、様々なポケモンたちの素朴な生活がアルトラの視界に飛び込んでくる。
 ……ああ、大好きだな、この街が。広がる世界はアルトラの胸にミアレへの愛着を芽生えさせる。わたしはこの街が好きだ。離れがたいほど好きになってしまった。望郷の念を侵食するその想いは、やがてアルトラの視線を目の前の違和感へと引きずり込む。

(――あれ? ヤナップって、あんな色してたっけ?)

 アルトラの違和感はどんどん強くなる。柵の向こうにある隣の建物の屋根の上に、ヤナップたちの群れが生息していた。ヤナップが二匹、バオップとヒヤップがそれぞれ一匹ずつというバランスの良いその群れは、ヤナップが二匹いるからこそ、真ん中に座り込むオヤブンヤナップへの違和感を強めてくれた。
 ――確かめなきゃ! 思い立ったがなんとやら、アルトラは木箱を踏み台にして乗り上げ、ロトムグライドで隣の建物へと移動する。おのれの眼がとらえた「違和感」の正体を、すぐにでも突き止めるために。

 
#novelmber 27.遠景
2025/11/07

送信中です

×

※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!