今日も、あたしと信濃くんは二人で縁側に座り込んていた。
ここに来るたび、あたしたちは少しずつお互いのことを知っていく。何をするでもなくほうっと庭を眺めたり、ちょっとした世間話をしたり。時にはお互いハマっているゲームの話で盛り上がったり……この何気ないひと時があたしは大好きだった。
そうして穏やかな時間を過ごすなか、あたしは意を決して信濃くんの指先に触れる。少しでもはやく、もう一度信濃くんを懐に入れられるようになりたいから。
怖気づきそうな五指をなんとか律して絡めあうと、信濃くんの手のひらはゆったりとそれに応えてくれた。滲む手汗をものともせずに握り返してくれるそれが、恐ろしくも嬉しい。
あたしが大きく息を吐くと、信濃くんが「大丈夫?」と声をかけてくれる。深呼吸を挟みながらそれにうなずけば、信濃くんは安心したように微笑み、繋がれた手をじっと見つめた。
「ごめんね……あたし、ただ手を繋ぐだけでこんなになっちゃって」
「ううん、全然。むしろ嬉しいくらいだよ」
……嬉しい? いったい、何をどう受け取ればそんなふうに思えるのだろう。
今のあたしは何をするにも怯えて尻込みするばかりだ。こんなの、秘蔵っ子の信濃くんを大事にできているとは思えない。
あたしが怪訝な目を向けると、信濃くんはくすくすと笑う。
「『全然大事にできてないのに何が嬉しいの?』とか、そういうこと考えてるでしょ」
「うっ……」
「あはは、図星だ。……確かに、大将からしたら不思議かもね」
信濃くんは笑った。どことなく照れくさそうに細められる瞳は、どれだけ見つめても底が知れないほどに深い。しかしその深みに恐ろしさはなく、むしろふっと気が抜けるような、独特の柔らかさを湛えている。
「言ったでしょ? 俺、大将の行く末をずっとずっと見守るって。だから、たとえどんな時間でも大将と一緒に過ごせるのが嬉しいんだよねー」
ぷらぷらとつま先を遊ばせている信濃くんは、小さな子供のような仕草とは裏腹に、ひどく達観した言葉を吐く。
常人なら距離を感じそうな価値観の段差も、あたしにはひどくありがたい。
「それにね。大将が限りある生を俺と一緒に過ごしてくれること……それから、ゆっくりでもこうして歩み寄ろうとしてくれてること。それだけでもう、俺は大将からすごくすごく大事にされてるなって感じるんだ」
刹那、あたしたちの手のひらは結束を強くする。ぎゅう、とひときわ力をこめられたそれは、ひどく無意識だったけれど、どうやらあたしのほうが距離を詰めたらしかった。
信濃くんはやおら顔をあげたあと、再び照れくさそうに笑う。
「……なんちゃって。俺、大将のこと好きすぎかな?」
茶化すようなその物言いが、あたしの心の奥に深く深く刺さる。
胸が握りつぶされるような、はたまた優しく抱きしめられたような、えも言われぬ感覚。つぶれた心臓が吐き出したのは大粒の涙で、隣でぐずぐずと泣きはじめるあたしを、信濃くんは慣れたように見守ってくれる。
「あ……たし、」
「うん?」
「あたし……ね。信濃くんと、ずっとずっと、たくさん一緒にいたいよ」
信濃くんは動じない。繋いだ手も微動だにしないが、しかし、つま先は先立ってよりもいささかせわしなく動いているような気がする。
噛みしめるような「……そっか」というひと言が聞こえてきたのは、信濃くんのつま先が静かに地面についたあと。厨房当番の巴さんが、あたしたちの名前を読ぶ直前のことだった。
#novelmber 12.片時も
2025/11/03
※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます